血に残る記憶〜令和に燈る牡丹燈籠 | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。






      序


    
 何もかもがいつも通りに始まろうとしていた。
柳井輝義(やないてるよし)は店の前の広い駐車場に自ら運転する黒色に見紛うほどのグリーンのベンツを乗り着けた。
店にはすでに男子従業員が四人出勤している。

時刻は午後三時になる。
ここから、店内の清掃そして諸々の準備を分担して片付けていく。
そして店の店長が、その日出勤予定になっている女性従業員、ホステスを迎えに行く段取りを決める。
柳井の経営する店は東京の真ん中にある訳では無い。

ホステス自らがタクシーで出勤して来るような銀座や歌舞伎町のような訳にはいかない。

ホステス達はそれぞれの住まいの近くまで迎えに来る店のワンボックスに乗り込み店に向かう。
こうして店に到着した女達は化粧に手を加え、準備が整う。
柳井には経営する店が四店舗ある。
一軒目で朝礼に参加してから、あれこれと指示して次の店舗へ向かう。
店舗ごとにいろいろ問題もあり時間もかかるために毎日、四店補廻ることが出来るかと言えば出来ないことの方が多い。
クルマでの移動と業務上の指示、伝達が多いために酒を口にする事は無くなった
実際、柳井はこの仕事に就いてから酒を呑まなくなっている。
彼自身、想像していなかったことだった。
この日、想像していなかった事がもうひとつ起きた。
一軒目の店を出ようとした時だった、開店早々の店に入って来た客の表情を見て柳井は咄嗟に客の背後から店の中へ戻ろうとした。
あきらかにその客の態度がおかしかったからなのだが
、店舗の男子従業員達はその客が馴染みなのだろうか
手際よくテーブルへ案内し付けるホステスをそのテーブルへ向けた。

その時だった。
照明を暗めにしているために誰が叫んだのか判らなかったが突然のキャーという悲鳴。
それに驚いた従業員のひとりが照明を全開にすると昼間のようになったフロアの中に柳葉包丁を手にしたさっきの客が立っている。
男に指名され、そのテーブルにいた《スミレ》という名前のホステスは、もちろん源氏名(げんじな)なのだが、そのホステスは床に倒れている、右腕から血が流れているが意識は有るようだ、よほど怖かったのか身体が小刻みに震えている
柳井は、その男の背後から柳葉包丁を持つ右腕を掴み捻るようにしてから右脚を払って倒し、床に捩じ伏せた。
これで終わったと、そこにいた誰もが思った時男が苦し紛れに床に落ちている配膳用のステンレス製のトレンチを投げつけたそれが運悪く男子従業員のひとりの顔面に当たり彼はその場に蹲くまりおびただしい出血をしている。
柳井は男の両肩をつかみ立たせると、一歩さがってから力まかせに右脚を回す。
柳井の右脚は男の顔に食い込み、不快感のあるグシャッという音がして男は床の上に仰向けになる。
柳井が誰に言うともなく呟く『警察に電話してくれるか』

そう言うとパトカーのサイレンが向かってくる音をソファに腰掛けて、じっと聞いていた。