小説『岬に待つ恐怖』市長室の中❸ | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。

     『岬に待つ恐怖』
             市長室の中❸


市長室の中は集まった人間達の方針も決まり、それまでの得体の知れない緊張感から全員が解放されていた
防人勇人だけが自分自身に苛ついていた。

玄関ロビーで東京から来る顧問弁護士の到着を待っている時だった。
市長が体調の悪さを言い出した、急なことなので取り巻き連中も対応に困っている、とりあえず病院に連れて行こうと誰かが言い、また別の誰かが大したことが無ければご自宅で今日はやすんで頂こうと言った。
顧問弁護士には上手く話して我々が今日の要件は聞いておこう。
人垣の後ろの誰かが、防人君悪いが市長をお連れしてと言った。
防人勇人は声のした方向へ顔を向け、了解しましたと応え、市長に肩を貸しその場をはなれた。

急な上り坂を黒塗りの外車がゆっくりと役所の敷地内へ入って来る。
市長はそれを見てから防人の後についていく。

市長の主治医の柳田嘉成の経営する柳田病院はこの街では評判の高い病院だった。
医療機器の設備も充分で他県からの通院患者も多い、院長の柳田は市長とは数十年来の友人という。

防人勇人は柳田病院に市長を連れて行くことにし、車の中で携帯から病院と連絡をとった、受付の人間は慣れた対応で裏口に来てくださいと言う。
防人は車を病院の裏口に停めた。
出迎えた医師と看護師に状況を説明し、自分は通路にある長椅子に腰掛けて診察の終わるのを待った。

防人が缶の珈琲をゆっくり飲み終わるくらいの時間で診察室から織田市長は出て来た。
『防人君、すまなかった』
市長は自宅へ連れて行ってほしいと防人に伝えた。
彼は市長に疑問に思うことを聞き出す、良い機会だと思いながら、アクセルを踏み込んだ。

見慣れた街の風景が左右の窓から流れていく、防人は
バックミラーに写る織田市長の顔を見ながら『市長、少し聞きたいことがあるんですけど』そう言って市長の返事を待った。