『岬に待つ恐怖』
序〜ニマンションを出た時、午前六時三十分を少し過ぎたあたりだった。
砂浜の辺りでも、防波堤のある辺りでも、五分もあれば行きつける、休みでもない日の朝にスーツ姿で砂浜にいるのも可笑しなものと思い防波堤へむかうことにした。
しばらく街中を走って目的地を目指す。
駐車場に車を停め防波堤の上へ。
そこに立ってみると、記憶の中の予測を遥かに超えた大きさで海は彼の眼前に拡がっていて、一瞬たじろいでしまった。
面積的なことではなく、何もかもを受け容れてしまう優しさと、人間の弱さから湧き上がる様々な感情をすべて跳ね除けてしまう峻厳さでそこにいるのだ。
市役所の庁舎は街の高台、海抜百米近くの丘の上に地下一階、地上七階建ての威容を誇っている。
駐車場から車を発進させて役所へ向かう。
見慣れたこの海辺の街の風景が車窓を流れて行く。
道路は登り道となり、つづら折りになって丘の上に向かい、登り詰めた所はかなりの面積が平らに舗装されていてその広い敷地の上に庁舎は建っていた。
此処が彼、防人勇人《さきもりはやと》の職場である。
少しと言うか、だいぶ変わった名前ではあるが、この物語が進んでいく中で彼の姓名が重要な意味を持つことが判ってくる。
自分の部屋に着いた彼は、同じ課の仲間達と朝の挨拶を交わし、課長が出勤して来るとその机の前に立ち、挨拶を済ますと何か新しい指示があるかを確認した。
課長からは彼にしてみるとまさかと言うような話があった。
『防人君、急な話なんだが君の所属を変更させてもらいたいんだ、市長からのたっての要望でね』
驚いた、いつもの朝は始まらなかった。
防波堤の上で胸にしこりの様にあったものはこのことだったのかと思った。
『課長、私何か拙いことしましたか』
『いやいや違うよ、だから言ったように市長からの要望でね、詳しい事は聞いてないんだよ、あっそれからね市長が直接君の人事については話すと言ってたから、午後に市長室に行ってくれるかなぁ』
防人は課長に返事をして自分の机に戻った。
何かが動き出すような、それも不吉な何かが動き出すような気がした。