西田竜二に運転を任せ尊は後部座席に横になっていた。
横になった尊の頭を膝に乗せ、心配そうに顔を覗いている千夏。
「オヤジ、少し遠いんですが無理の効く医者の何処があります。そこまで辛抱してください」
千夏は西田の言葉に口を挟み、医者なら自分に考えが有るといい、携帯を鳴らした。
離婚れた元夫、桑嶋の処へ電話をしている。
電話は直ぐに繋がり、千夏は完結にさっき迄の事を話した。
考えてみればすべてが桑嶋から始まった話なのだ。
桑嶋が保身の為に自分の家族や病院に隠して話を千夏に向けた事から大事になっている、工藤の処へ乗り込んで解決しようとした小田尊が重症を負ってしまった、どんな事があってもこの人を助けるのはあなたに責任がある。
千夏は興奮気味に携帯に叫んだ。
桑嶋は、尊の状態を確認して直ぐ病院に来てくれと言ってから、それ迄の車中で応急的にやることを告げた。
電話が終わり桑嶋の病院迄の道筋を西田に伝え、桑嶋に教えられた通り応急処置を千夏は始めた。
とにかく、太腿からの出血を止める事が肝心だった。
緊迫する車中、車は病院に
向かう。
桑嶋から教えられた方法は、
中々うまく止血しなかった。
千夏は焦っている。
人の身体というのは、こんなにも血液があるのだと驚くほど、出血は夥しい。
車の床にも、あっという間に血溜まりが出来ていた。
自分の着ている上着を利用
して止血用に使った。
永遠に続くかと思える時間が終わり、西田の運転する車は桑嶋の病院に到着した。
病院の玄関には看護士数人が
ストレッチャーを用意して待っていた。
尊は、そのストレッチャーに乗せられて病院の中へ入って行く。
車の中で、尊は意識を失くしていた。
若し、このまま意識が戻らないようなことがあったらどうしよう、千夏はそんなことばかり考えていた。
病院内では、何人もの医師や看護士達が尊の生命を救う為に、懸命な治療が始まった。
千夏も西田も祈ることしか出来ない。
尊が、手術台に寝かされて三時間が過ぎた頃、桑嶋が
手術室前のソファに座っている千夏の前に現れた。
「千夏、手術は今終わった、
年齢的に無理かと思ったが
強靭な体力の人で良かった。
体内に残っていた銃弾、全て摘出したし、後は本人の生命力、太腿の出血も止められたから、後は回復を待つだけだ
元はと言えば私の撒いた種、
小田さんには、お詫びしてもしきれない」
桑嶋は手術の時に着る燻んだ緑色の手術着のままだった。
手術着には何ヶ所も黒ずんだ染みがあった、尊の血液だろう。
千夏はその染みに視線が釘付けになった。
焦燥感の漂うその姿を見て
桑嶋は言葉をかけた。
「麻酔が効いているから、直ぐには目醒めることはないよ
あなたも家に戻って休んだ方がいい、だいぶ疲れているみたいだから明日の朝、また出直して来なさい」
桑嶋が去って行くと千夏は、
手術室の前のソファにひとり取り残された。
尊は今、集中治療室に移って
手術後の治療が始められている。
千夏は桑嶋の言う通り徳田のマンションに戻るようにした。
病院の玄関先でタクシーを拾い、神楽坂へ向かう。
弁護士だと言う男達の訪問以来、胸の奥に重く溜まっていた物がすっかり取り除かれた解放感で千夏の心は平静だった。
あとは小田尊が元気に成ってくれることだ。
そこから、自分の遅い春が始まると千夏は思っていた。