忘れていた約束を探して 反転攻勢 | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。

西田竜二と尊の話は続いていた。

それが終わろうとする時、竜二はずっと持っていた大きな紙袋からその数日前に尊から頼まれた品物をテーブルの下で渡した。

「ギョクは、百そろえてあります」

「チャカは三丁、改造ものは避けました」

尊は西田竜二の説明に頷きながら聞いて「わかった道具は帰ってから確認する、まあ物騒なことにはならんだろうが」そう言った。

竜二から聞くヤクザの符牒が久しぶりのことだった。

チャカは拳銃、ギョクは弾丸だ。

刑務所の中ではその手の会話は厳しく制限される。


西田竜二とわかれて一時間ほどが過ぎた頃、尊は自分の部屋に戻っていた。

リビングのテーブルの上に西田から受け取った道具を並べていた。

コルトの三八口径、イタリア製のベレッタにブローニング。

コルト以外は自動拳銃。

尊はその年齢からなのか、自動拳銃に信頼性を感じていないために三丁の中からリボルバーのコルトを選んだ。

そして、戸棚の中の佐々木剛太郎に贈られた脇差の『井上真改』を出してきて並べた。

「今さらドスでもないか」

尊は呟き、自嘲的に笑った。


翌朝の尊の動きは速かった。

浅草に住む工藤博則の家の前に車を留めて工藤が出て来るのを待っていた。

しばらくして黒塗りの外車が工藤の家の前に停まった。

中から三人の男が降りてくると、それを待っていたかのように工藤の家の玄関が開き背広姿の工藤が出て来た。

工藤が車に乗り込もうとして姿勢をかがめた時だった。

尊が工藤の背後に立ち声を

かける。

「工藤さん、小田です」

突然のことで工藤はもちろん、そこにいた三人に緊張が疾る。

組員の三人が身構え、口々に何やら喚いている。

工藤がそれを制し「ご無沙汰してます、どうされたんですか」と平静を装う。

「今日は工藤さんにお願いがありまして、やって来ました、行儀の悪いのはお許しください」

尊は言葉を選び、工藤に対して低い態度に徹し、決して自分の過去の立場をひけらかすことはなかった。

言ってしまえば、この世界に工藤が入ったばかりの頃

仁和会の中で、小田尊と言えば組員全員の、羨望の的

だった。

工藤などは親しく話せる相手ではなかった。

尊は工藤の存在を知らなかった。

懲役の最中に、仁和会の中で工藤という組員がかなりの勢いで立場を上げていることを面会に来る組関係の人間から聞いただけだった。

「判りました、どんなことですか」

「此処では何ですから、少しだけ時間を頂いて話させて下さい」

「事務所じゃないほうがいいでしょう小田さん堅気ですからね」

尊は自分の車に戻り、工藤は迎えの車に乗って決めた場所へ向かう。


工藤の乗る車の先導で首都高を走り彼等は銀座で降りた。

工藤が決めた場所は、六丁目の彼がよく使う《鳳》

というクラブだった。

この店が朝からやっている訳はなく、工藤に言われた経営者が開けたのだろう。

「それでどんな話ですか」

「実は私の知り合いの人間が医師の嫁さんだったんですが、もう離婚してニ五年くらい経っているんです、

その離婚れた亭主が女のトラブルかなんかで金を請求されていて、家族には言えないから立替えて欲しいと弁護士が来てるんです」

「それで、その話の何処が俺に関係あるんだ」

工藤は明らかに言葉使いが変わっている。

態度にも尊大さが出ている。

尊はまったく意に介していない。

「それで弁護士さん調べてみたんですが、驚いたことに仁和会の顧問弁護士なんですよ、それでオヤジに聞こうと思ったら、オヤジの選んだ顧問の先生じゃなくて、五年前から顧問弁護士になった村上とかいうらしいんです、調べたら代行あなたが選んだ弁護士だって言うんでね、びっくりしました」

工藤の背後の三人の一人が

尊につっかかる。

「おい!じいさん誰にもの言ってるかわかってんのかてめ

尊は笑みを浮かべて「誰だか判らないほどじじいじゃありませんから」

尊の挑発で三人は怒りが頂点に達したようだった。

「おまえ達の代行さんと話してんだから静かにしろよ」

それでも三人が更に騒ぎ出すと「ガタガタするんじゃねぇ!」

その時の威圧感は歳若いヤクザには経験したことのないものだった。

工藤が、組員達を諭すように話し始めた。

「きゃあぴぃ唄ってるんじゃないよ、この人はおまえ達が束になっても敵う相手じゃない、佐々木会長の命を助けたり、組の若頭として仁和会の発展に貢献した方だ、十六年懲役に行って今年出所して、会長の許可を得て堅気になった方だおまえ達がうちに来た時にはもう懲役に行っていて居なかったったから知らないのも無理はないけどな、言葉気をつけろ」

以外な工藤の言葉に尊は驚いたが、彼にはそれなりの考えがあったのだ。

「代行、恐縮です」

工藤に礼を言う尊。

「いや当然のことですよ」

「小田さんはそれだけの事をして来たんですから、それで私にどうしろと」

「相手は普通の、還暦もとっくに過ぎた素人のご婦人だから手を引いてやってもらいたいんですが、代行の力でお願い出来ないでしょうか」

「そういうことですか、判りました」

「ありがとうございます助かります」

尊が拍子抜けするほど工藤は、あっさりと承諾した。

尊が工藤に礼を言い《鳳》

を後にと動いた時だった。

「小田さん、ひとつ片付けてもらわなくてはならないことがありまして」

尊はソファに座り直した。

工藤は尊に向かって、言葉

は静かだったが、その内容は工藤の強かさを象徴する

ものだった。

工藤の話は、千夏の元夫は

モデルの女性と不倫関係に成り、一緒にいる所を写真に取られている、その写真が世に出ることは、元夫の病院に多大な被害を与え、またその女性の側にも大変な迷惑をかける、その医者の元の女房は金額に不満のようだが、一億という金額は決して高くはない。

尊は思った今日、工藤に話た事の中で一億という金額は話題にしてはいない、ということは工藤が、美人局を仕掛けたという事だ。

そうだろうとは思っていたが、これで確定した。

千夏を苦しめている奴らの主領は工藤だ。