愚かしい夢と嘲笑へ | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。

しばらく前のことですが、私は今後の人生、と言ってもあと数日で七十歳になるので、今後の人生がどれだけの時間私に用意されているのか判りませんが。
例えば先日、急逝した永年の友人である青柳政司、愚かな男の凶弾に斃れた安倍晋三元総理など亡くなった日の翌日の計画があった人は多いだろう。
元総理に至っては、一年先五年先にも予定していた計画もあったことと思う。
今さら言ってもだが、日本の国にとって損失だということは間違いない。
青柳政司にしても老人ではない。
残念だったろう。
では、私はどうだろうか。
齢、七十を目前にして光触媒での抗菌工事に活路を求めて借金を作り、さらにその仕事のために投資先からそこそこの融資を受けることになり、それが頓挫して借金だけが残った。
私が若ければどうということのない金額が肩にのしかかる。
はてさて、人生で何度も危機を乗り越えて来たが、今回ばかりは解決な糸口もない。
小説が世の中で認められれば、何とかなるのだけれどと真剣に思ってしまう。
人は嘲笑だろう。
人生はそんなに甘くないぞと叱られるだろう。
そんなことはわかっている、誰に言われなくても。
安倍晋三元総理の生命の代わりが出来るならと思う。
〜愚かしい夢と笑え〜の唄が聴こえてくる。