バレンタインデー | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。


《雪》が降って道路の状況が悪くなって、外にも出れなかった。


東京だけじゃなく関東圏は《雪》には弱い。

雪国の人からすれば笑ってしまうのではないだろうか?


明日はバレンタインデーだ。


何十年も前に知ったことだが、それまでキリスト教の行事のひとつだと思っていたこの日が、アメリカだか欧州の菓子メーカーの販売促進のために考え出された企画だと知って驚いたことがある。


そんなお菓子屋さんのアイデアがこんなに広まって、多分知らない人はいないだろう。


最初に考えた人はすごいと思う。


《バレンタインデー》は、多分なくなることはない。


今年も世界中で、可愛い娘からチョコをもらう父親。


永年、連れ添った妻からチョコを手渡され、微笑む夫。


馴染みのホステスに艶やかな笑顔でチョコをもらいながら、ホワイトデーの心配をしている社長さん。


愛し合う若者達が誰に渡そうか、誰からもらえるのだろうかなどと心の中で思いを巡らす二月。


新しい恋が生まれる時でもあるのかもしれない。


そしてひとつ、恋が終わる時なのかもしれない。


《バレンタインデー》を境に誕生するカップルもいるのかも知れない。


またその日を境に別々の道を歩くカップルもあるのだろうか。


今朝、出先であるご婦人に、『あの〜コレェ』と言って手渡された大きな袋の中の小さな包みのチョコレート。


『明日、バレンタインなので•••』


究極の義理チョコである。


その数十分前、今年はチョコレートをもらう人なんかいないなぁと考えていたばかりだったので、思わず笑ってしまった。


きっと、寂しい思いをしている私を天の何方かが、悪戯心で渡してくれたのかもですね。


私には娘がひとりいるのだが、バレンタインデーにチョコレートをもらった記憶がない。


だから、今年もくれないだろう。


先週まで、間違いなくくれるだろうと思っていた女性には、絶交を宣言されてしまった。


であるから、このルートは無し。


今年のバレンタインデーは


『愛別離苦』の寂しさを連れて来た。


孤独な冬である。