のろまな私のことなので、多分これが2021年、
最後の投稿になると思います。
と書き出したこの投稿は、
最後どころか、未だに完成していない。
前回はどこまで書いたんでしたっけ?
あ⁉️そうです。
私の父親が肋骨を骨折しながら、私を助けずに他人の方を助けて、救急車が来たけれど、助かりそうもないと判断されて後回しにされたところで終わったんですよね。
それではその続きから行きましょう。
私は、この事故で意識不明の状態でした。
誰が考えても当然ですよね。
そんな中でも、
時々断片的に意識が戻るのか、記憶しているところがあるのです。
そのうちのひとつが、白い布で顔を覆われたことです。
救急隊の人か警察官かは判りませんが、確かに私は顔を布で覆われました。
額が破れたようになっていて脳が飛び出していたからなのか、もう死んでいると思われたのか。
それがどちらの意味だったかは判りませんが、
私は半世紀ちかくたったいまでもはっきりと憶えています。
それと、もうひとつあります。
不思議な夢です。
笑われてしまうかも知れませんが、変な夢を見ました。
多分、私の潜在意識の中にあった強烈な記憶や映像が創りあげたものなのか?
それも判りませんが。
私は、事故現場とはまったく違う景色の中を歩いていました。
警察官やその車輌も、
救急車も私の乗っていたクルマも何もない、見たこともないような場所を歩いていたのです。
まず空がたとえようもなく
綺麗でした。
夕焼け前の空と言ったらいいのでしょうか、単にアオイというのではなく、紫やオレンジ色やピンク色が綾を成して見渡す限り広がっているのです。
あんな色見たことがありません。
皆さんは、『怪談』という映画をご存知ですか?
あぁ〜また話がどっかへ飛んでいく〜。
1965年に製作された
《小林正樹》監督の作品
この監督は黒澤明氏や市川崑氏と並び称されるような人です。
もちろん海外でも有名な監督です。
話が映画の話題になってしまうと、すぐ調子に乗って
長くしてしまう癖があるので、短めにすることを心がけます。
この監督は、1963年にあの仲代達也の『切腹』という作品でカンヌ映画祭審査員特別賞を受賞しています。
この『怪談』で二度目の受賞となったわけです。
『切腹』の前にも日本映画の戦後の代表作のひとつ『人間の条件』というシリーズ化された超大作を世に送り出しています。
まだまだありますが
なんでこの話かと言えば
私が小学校六年の時
私は普通の日にこの映画を
観ていたのですが
入り口で入場券を買う時に
『子供1枚』と言ったところ。
いきなり切符切りのオバサンから
『ウソつくんじゃないよ‼️』
と言われたのです。
結局反論も出来ずに
当時、学生という券を買って中に入りました。
あの日は言えなかったけど
57年ぶりに言わせてもらいます❗️
『ボクは港区立三光小学校六年二組の髙田龍デス❗️今日は創立記念日で休みデス❗️サボってません❗️それに嘘もついてませ〜ん。』
あ〜また脱線してる。
映画館の中に入って辺りが暗くなると始まりです。
当たり前か。
『怪談』は全部で四話のオムニバス。
原作は《ラフカディオ・ハーン》
あ〜《小泉八雲》って言った方がわかりますかね。
そのオムニバスの二作目が
『雪女』。
そしてその雪国の吹雪のシーンや里の風景に出てくる空が、私が夢で歩いている
空そのものだったんですよ。
オマエはこのこと説明するためにこんなに文字数使ったのか💢って怒られてしまいそうですね。
でもまさにあの空でした。
そして私は歩いていました。
丈の短ぃ、地平線まで続いているワサビ畠のような処です。
実際のワサビ畠と違っていたのは足首よりも短ぃ草は様々な色の花をつけていてそれは美しい景色でした。
生死の境を彷徨った人が、よくこんな夢を見るという話を聞きますが、私は信じていませんでした。
その頃は。
今は、あの夢の経験から、あるのかも知れないと思っています。
こういう夢は、進む先に身近な人で亡くなっている人が待っているとかも、よく聞きます。
私は誰も待ってはいませんでした。
丈の短ぃ花をつけた草がずっと続いているだけでした。
ただ
よく見ると
その草花の生えているところは全面、水が流れているのです。
名前を呼ばれました。
知らない人の顔が私を覗き込んでいました。
私は、どうやら意識が戻ったようです。
皆さん今年はいい年にしましょう。
社会的にも、個人的にも
緊急事態ではない一年でありたいものです。
オミクロン株が世界的には猛威を奮っているようです。
東京などの感染者数がまたジリジリと増加しています。
《ウィルス・キャプチャー》を買ってくれている方々はそのままお使いください。
オミクロンでもなんでも大丈夫ですから。
それではまた。

