昭和世代が紡いだ平成プロレス〜追い続ける夢 | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。

   気がつけば、正月も中旬を過ぎた。
いろいろな事があった2017年。

さて、迎えた新年はどんな年になるのだろう。

昨年末から、話が横道にそれる事が多くなり、タロちゃんの話も意を尽くしたとは言えない。

今年からは、脱線しないように気をつけるつもりだ。

先日、あのハンマー投げの室伏広治氏の言葉を知った。

現役生活に翳りを感じていた三十七歳。

引退の二文字もちらついていた頃。

東日本大震災が起きる。

激励のために、被災地を訪問する中で、被災した人達を励ます為に、出場することもためらっていた世界陸上で金メダルを獲ると言ってしまう。

そこから、氏の戦いが始まる。

年齢との戦い。

下がっているモチベーションとの戦い。

おそらくは、絶頂期に日本中の期待を一身に背負っていた時のプレッシャーとは違う、ある意味でそれを超えた複雑な緊張感だったのではなかったろうか。

しかし、アジアの鉄人の息子は、世界の鉄人だった。

世論の予想を覆し、二ヶ月後の世界陸上で金メダルを、さらに、その翌年のロンドン五輪で銅メダルを獲得する。

室伏広治氏は述懐する。

被災地に勇気を送りたいという思いが《目的》。

メダルを獲得することは《目標》。

もし、メダルを《目的》にしていたら、結果は違っていただろうと。
目標が大切なことは勿論のことだが、原動力になる目的観が重要な事だということを忘れてはいけない。

《何のために》が明快かどうかで前進する力は変わる。
人生には、思い通りに《目標》に到達出来ない事がある。
むしろ、その方が多い。

《目的》を見失った時、我々は再起の力を失う。

何度も挫折を繰り返しながら、目指す《目標》へ向かい前進し続ける人には、確固とした《目的》=《何のために》が必ずある。

挫折を繰り返し、ついには崩壊した《レッスル夢ファクトリー》の代表の私には、《目的観》が希薄だったのだろう。


今になってみると判る事も、その時はガムシャラで、ただ一生懸命だった。

興行を成功させること。

集客数を増やすこと。

知名度を上げること。

大きな団体にすること。

そのすべては、老若男女問わず、諦めなければ、必ず夢は叶うという事を伝えることだった。

それ自体が、希薄だったという事だろう。

手のひらから溢れ落ちた夢のかけらを拾い集めて


私の掌にはまだ欠片が残ったまま、繋ぎ合わせられていない。