我が名の由来とこぼれ話 其壱 | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。

   このブログを読んで戴いている方の中に書道家の方がいらっしゃいます。

その方が何処かに出展していたらしい作品をツィートされていて、それを見た私は上手だなぁと思って、率直な感想を送信しました。

そのときに余計なことを言いました。

《私の名前にまつわるエピソードを、今度ブログに書きます。》

という訳で、書きます。

私の名前、『龍』ですが、『りゅう』という名前を使っている方も多いと思います。
同じ読み方でも『龍』『竜』『隆』などが一般的かなと思います。
『劉』は日本人の名前にあるのでしょうか?
中国人の名前にはありますよね。
『柳』や『琉』もあるみたいですね。
ところで『龍』は、中国では、『ろん』と発音するそうで、『りゅう』とは言わないそうです。
こんな事は、皆さんご存知ですね。

私が何故、『龍』という名前をつけられたのか、と申しますと、幾つかの理由があります。

そのひとつが、生まれた年の干支が『辰』だったこと。
そして、生まれた場所が、鎌倉の《龍ノ口》だったこと。
さらに父親も『辰年』だったこと。
その父が戦時中搭乗していた爆撃機の名前が名機と謳われた『飛竜』。
などの理由から、父の兄が付けた名前が『龍司』。

いろいろと『龍』に縁があったことと、『龍』を司る《種々、意味はありますが、支配する、統率するなどの意》ような人間になって欲しいという願いと想いがあったのでしょう。
ここで言う『龍』とは、爬虫類のそれでは無く、中国や日本の古来の伝承にある雲を操り、水を司る『神獣』のことです。
『大龍王』だとか『八大龍王』などと神として祀られたりもしています。
あっ!『キング・ギドラ』は違いますよ。
 
とにかく、父の兄であり私の伯父は、『龍司』という名前を父に伝えたのでした。

ところが、我が父は役場に行って出生届を出す時に、何故か理由は解りませんが、『龍司』の『司』を書かなかったのです。
かくして、私の名前は『龍』になったという訳です。

今はもう慣れましたが、幼少期は、この『龍』という名前が嫌で嫌で仕方ありませんでした。
何故、僕の名前は『一雄』とか『良雄』とかのように普通じゃないのだろうと、真剣に悩んでいました。

昨今では、キラキラネーム全盛で『龍』などは珍しくもなんともなくなりましたが、私の幼少期と云えば、《三丁目の夕日》の時代ですからね。
今は、もちろん『龍』という名前に愛着も誇りも持っています。
既に、父も伯父も鬼籍に入って久しいのですが、生前の二人は、名付け親は誰かについて一歩も譲ることはありませんでした。
今私は、愛すべき二人が私の為に共同で付けてくれたものと、二人に感謝しています。

話は変わります。

私には、血縁を超えた不思議な結びつきの兄のような人がいました。

その人は、三年ほど前に亡くなりました。

三十歳の時に出会い、人生に対する姿勢、対処の仕方、人間らしく生きる術を、事細かに、丁寧に、辛抱強く教えてくれた人です。

どんな時でも、私の一番の味方でいてくれた人です。

私自身が諦めてしまうことも、諦めないでくれた人です。

時折、手紙をくれる人でした。

その封筒の表に書かれた私の名前は、必ず『龍』ではなく『竜』でした。
私は、単なる略字として『竜』を使っているのだと思っていました。

ですが、その人が『龍』を使わなかったのには理由が有ったのです。

その理由とは、次回に書かして戴きます。