その方が何処かに出展していたらしい作品をツィートされていて、それを見た私は上手だなぁと思って、率直な感想を送信しました。
そのときに余計なことを言いました。
《私の名前にまつわるエピソードを、今度ブログに書きます。》
という訳で、書きます。
私の名前、『龍』ですが、『りゅう』という名前を使っている方も多いと思います。
同じ読み方でも『龍』『竜』『隆』などが一般的かなと思います。
『劉』は日本人の名前にあるのでしょうか?
中国人の名前にはありますよね。
『柳』や『琉』もあるみたいですね。
ところで『龍』は、中国では、『ろん』と発音するそうで、『りゅう』とは言わないそうです。
こんな事は、皆さんご存知ですね。
私が何故、『龍』という名前をつけられたのか、と申しますと、幾つかの理由があります。
そのひとつが、生まれた年の干支が『辰』だったこと。
そして、生まれた場所が、鎌倉の《龍ノ口》だったこと。
さらに父親も『辰年』だったこと。
その父が戦時中搭乗していた爆撃機の名前が名機と謳われた『飛竜』。
などの理由から、父の兄が付けた名前が『龍司』。
いろいろと『龍』に縁があったことと、『龍』を司る《種々、意味はありますが、支配する、統率するなどの意》ような人間になって欲しいという願いと想いがあったのでしょう。
ここで言う『龍』とは、爬虫類のそれでは無く、中国や日本の古来の伝承にある雲を操り、水を司る『神獣』のことです。
『大龍王』だとか『八大龍王』などと神として祀られたりもしています。
あっ!『キング・ギドラ』は違いますよ。
とにかく、父の兄であり私の伯父は、『龍司』という名前を父に伝えたのでした。
ところが、我が父は役場に行って出生届を出す時に、何故か理由は解りませんが、『龍司』の『司』を書かなかったのです。
かくして、私の名前は『龍』になったという訳です。
今はもう慣れましたが、幼少期は、この『龍』という名前が嫌で嫌で仕方ありませんでした。
何故、僕の名前は『一雄』とか『良雄』とかのように普通じゃないのだろうと、真剣に悩んでいました。
昨今では、キラキラネーム全盛で『龍』などは珍しくもなんともなくなりましたが、私の幼少期と云えば、《三丁目の夕日》の時代ですからね。
今は、もちろん『龍』という名前に愛着も誇りも持っています。
既に、父も伯父も鬼籍に入って久しいのですが、生前の二人は、名付け親は誰かについて一歩も譲ることはありませんでした。
今私は、愛すべき二人が私の為に共同で付けてくれたものと、二人に感謝しています。
話は変わります。
私には、血縁を超えた不思議な結びつきの兄のような人がいました。
その人は、三年ほど前に亡くなりました。
三十歳の時に出会い、人生に対する姿勢、対処の仕方、人間らしく生きる術を、事細かに、丁寧に、辛抱強く教えてくれた人です。
どんな時でも、私の一番の味方でいてくれた人です。
私自身が諦めてしまうことも、諦めないでくれた人です。
時折、手紙をくれる人でした。
その封筒の表に書かれた私の名前は、必ず『龍』ではなく『竜』でした。
私は、単なる略字として『竜』を使っているのだと思っていました。
ですが、その人が『龍』を使わなかったのには理由が有ったのです。
その理由とは、次回に書かして戴きます。