なんとも、今年の師走は忙しい〓
それは、リュ姫も同じだろう、いや彼女の方が私よりよっぽど忙しいと思う。
それは、精神的にも肉体的にもだ。
それでも、今の彼女は輝いている。
数年前に摂食障害を患いそれを克服するために悪戦苦闘していた頃を想うと、今が嘘のようである。
自分自身を打ちのめしてしまう様な出来事でも、それを乗り越えた時には、それが養分に成り、自身を内面から輝かすもの
だとは知っているが、今の彼女を見ているとまさにその通りだと思う。
約十年間と云う長い時間、成り行きとは云え私は彼女の人生に関わってきた。
彼女の総てを理解しているなどとは思わないが、彼女を取り巻く人達の中では、理解者と呼んでもらえるだろう。
リュ姫の、見事な容姿に群がり我が物にしようと近づく男は多かったが、その容姿に隠された心の哀しみは受け止められなかったようだ。
今迄に、その様な青年が彼女の前に現れていたなら、かいがいしく夫に尽くし、家事に勤しむ主婦に成っていたことは間違いない。
母としても合格点は、もちろん獲得した筈だ。
今、ブログや週刊誌等で、聴いているこちらが赤面してしまう様な発言を、臆面もなく語る彼女の内面の優しい心を、きっと彼女のファンは知っているのかも知れない。
そんな中で、彼女のブログに、馬鹿者が懲りもせずくだらぬ書き込みを繰り返している。
自分が書き散らす、文章とも呼べないようなものが、それを目にした人達の心をどれほど不愉快な思いにさせているかを、この馬鹿者は判らないのだろう。
怒りを超え、憐れと思うばかりだ。
言葉や文章には力が有る。
人を幸福にすることも出来れば、不幸にすることも容易い。
心ない言葉に打ちひし枯れ、生きる気力もなくしてしまう人もいれば、人を思う慈愛に満ちた文章に、暗闇のカオスから立ち上がる勇気を貰う人も多い。
ともあれ、件のコメント程度のことで自分を失う様なひ弱なリュ姫ではないし、不愉快な奴程度のことですむが、沖縄の基地問題に係わる官僚の発言は、沖縄県民の永い忍従と屈辱の歴史を考えると看過する事は出来ないだろう。
その問題を謝罪するために沖縄を訪問した防衛大臣の発言は、恥の上塗りと云うか、馬鹿の上塗りとしか言いようがないのだが、心ない言葉の極みだろう。
それにしても何故、昨今しかるべき立場に居る人達が、思いやりのない軽々しい発言をするのは何故だろう。
単に心ない、だけに留まらず、無責任な発言が目立ち過ぎる。
嘆いてばかりもいられない。
口をつく言葉が人を和ませ勇気付け、紡ぎ出す文章は感動を与え、夢を与え、それからの人生の道程を力強く踏み出せる様な、そんな語り部に成りたいものである。
