『眠い人が眠るように、瀕死の人は死を必要としているのです。

抵抗が間違いで無駄だというときが、いずれきますよ。』


SALVADOR DALI


私は何年も前から死の恐怖にとらわれている

そこで思うのはおそらくみな同じなのだろう

眠ったら死ぬという状態や、大きなけがをして瀕死のとき

絶対に負けない、生きてやるという根性で何とかならないかと


このダリの言葉は、悟ったように

そういった考えの愚かさを伝えている


いつか必ず来る死のために私たちは今を生きていく



イギリスの理論物理学者、スティーブン・ホーキングは

全身をほとんど動かすことができない病気にかかっている

彼が生きていて、世界的な宇宙論の本をいまだに書き続けていることは

信じがたいことだと思う


そんな彼の言葉である

『わたしはこの49年間、死と隣り合わせに生きてきた。
死を恐れてはいないが、死に急いでもいない。
やりたいことがまだたくさんあるからね』


49年もの間、自分の死を意識し続けるとはどんな気持ちなのだろうか

死を恐れなくなるのだろうか


私は今まで、やりたいことがあるならば

死ほど恐ろしいものはない、と考えてきた


だが彼はやりたいことが多くあると認めつつ

死の恐ろしさも否定した


彼がキリスト教徒だとしたら救済を信じているといえるが

彼は著書で完全に神と天国を否定しているのである


神も天国も来世も否定し、なぜ彼は死を恐れずにいられるのか

永遠の暗闇に落ちることを受け入れられるのか

私はそれが知りたい


私のこの消えることのないと思われる恐怖も

いつかは受け入れられるのだろうか

『
青春というものは奇妙なものだ。

外部は赤く輝いているが、内部では何も感じられないのだ』

        

Salvador Dali


なかなか核心をついた言葉だ


これを自覚することで青春時の過ごし方、心持ちが変わるだろう


青春は中にいると怠惰になりがちになってしまう

不満な点ばかり見つけてしまう


楽しいと感じるたび、青春を強く感じるべきだ

人々は常に、自分は最悪でないと

無意識に考えている


自分の現状よりも悪い状況の人がいると考え

自分を安心させているのだ


実際、最悪などというのは

価値観の差によって存在しないのではある


しかし、この無意識の安心は危険である


人々は死に対しても同じように、最悪をイメージしない


自分が死ぬところを想像しろといえば

皆、80か90歳で老い・寿命で死ぬと考える


どれほどでも可能性のある死

40代で癌になること

20代で事故死すること

夜寝ているとき、心臓麻痺で死ぬこと


すべての死に方をイメージしろとは言わない

しかし上記の3つはよくある死に方である


おそらく実感がなさすぎるのであろう


恐怖すべきだ 絶望すべきだ

命の儚さに、あまりの弱さに


どんな死、病気もすべての人に

いつでも起こりうる


死を意識してこそ、人生は変革するのだ