現在無職、というか働けない… その2 | 京都でお世話になりました 元タクシー乗務員の内緒話

京都でお世話になりました 元タクシー乗務員の内緒話

京都の元タクシー乗務員が運転手時代の話から時事ネタ、プライベートな話まで好き勝手に語ります
ワガママ気まま人の意見は気にしない空気は読まない私なので何が飛び出すかはわかりませんので…

その後、MRIはじめ、いろいろな検査をして、肝臓癌という診断が下されました

食道静脈瘤、肝硬変(中の悪い側)、肝臓癌
(二箇所)

そして、肝硬変が進んでいる為、手術、抗がん剤などを使うと肝不全をおこし、その場で命を落とすかもしれないと診断されました

癌も小さくはなく、また動脈の横という事で焼くという事も危険だといわれ、結局やれる事からやりましょうと言う事で食道静脈瘤の治療から始まりました

久々の入院です

治療方法は胃カメラの先になんかわかりませんがゴムバンドみたいなものを操作するものが付いていて、それで静脈瘤を止めていくんですが、長い間胃カメラを飲まされ、かなりの苦しみです

胃カメラ飲んでるわ食道あたりが痛いわでとても辛い治療でした

私は七箇所も治療してもらいました

やっと終わったと思ったらそこから忘れましたが多分一日絶食です

そして、重湯、三分粥、五分粥というように二日おきくらいにグレードアップしていき、やっと普通に食べれるようになった所でまた胃カメラです

ちなみに私は胃カメラ大嫌いですが、この後も定期的に検査、そしてまた食道静脈瘤で入院とかなり胃カメラを飲まされので、さすがにコツを掴むことができ、今ではなんとか大丈夫です

これは去年の八月の話なんですが、結局八月の初め頃から九月の初め頃まで入院しました

八月の終わり頃からは肝臓癌をどうするかと言う事で病院の内科、外科の先生方が何回も会議を開き、私の状態を観察しながらいろいろと案を出して下さいました

実は八月の初め頃は癌に対しての安全な治療法が無いと言われていました
場所、状態がとても悪くどの治療法もその場で命を落とす事になる可能性が結構ある一か八かの治療になるとの事でした

現状ではやる価値のある治療法が無いと言われました

先生方の表情を見て、生まれて初めて死を覚悟しました
夫婦で説明を聞いて言葉を失いました

ただ、家族をおいていく訳にもいかず何か良い方法は無いかと考えました

そして、導き出した答えは根拠は無いけど私は生きれるはずと信じる事だけでした

生きると決めた私は入院中の食事、体力をつける為の適度な運動、自分で考えたメニューを毎日こなしました

九月の始め頃には入院してるにも関わらず結構筋肉が付いていていい感じ(笑)です
肝機能、特に血小板の数値は3くらいしかなかったのが10前後になりました

外科の先生が私の状態を見て、肝機能が思った以上に良いので(肝硬変の場合は血小板の数値で判断されます この数値は結構前後しますが、平均するとあまり変化しない数値で良し悪しの判断材料になる数値です)手術しましょうかと手を上げて下さいました

一ヶ月間は来年の桜は見れないと思っていましたが、ここに来て光がさしました

私の生きる道はこれしかありません

二つ返事でお願いしますと言いました

ひと月で脅威の回復力が出たのは私の嫁、私の友人達がただただ私の無事を願い、毎日毎日祈ってくれていたからだと思っています

そして退院

ひと月後には手術の為に入院です

こんな体ですから今、一般的に行われている肝臓癌の手術とは違います
結構大きな手術になるとは聞きましたが、私は生きれるなら喜んでと思いました

生まれて初めての全身麻酔しての開腹手術にも関わらず、恐怖感を一切感じる事もなく、ただただワクワクの一ヶ月を過ごしました

なかなか ノ~天気 な私でしたが、手術後にこんないろんな事が待ち受けていたとは想像もしませんでした