昭和殉難者の御霊 | 笠哲哉ブログ

昭和殉難者の御霊

靖国神社の信仰に関して政治的に論ぜられることが多いようなので基本的な教学上の点を幾つか御紹介する 「所謂A級戦犯(政府では法務死靖国神社では昭和殉難者と呼称する)の方々の神霊の合祀は、昭和二十八年五月の第十六回国会決議により、すべての戦犯の方々が赦免されたことに基づきなされたものです」上なる文言は靖国神社の正式な発表からの引用でマル()内も同発表からの引用である
靖国神社は本来 国家祭祀を掌る国家管理の神社であり 宗教法人という法人格取得後も 国家管理の公法人に準ずる運用をしてきている 巷間ささやかれるように 一宮司あるいは一部神職の判断によって法務死なさった御祭神の合祀が斎行されたわけではなく国家的決定を手続きとしては根拠にしている
さて現在の靖国神社の見解では全ての御遺族の承認があっても分祀はしないということだが 国家祭祀である以上遺族の要請や意向が祭祀の根拠とならないのはお分かりいただけるだろう
私祠 家内祠であって本社よりの勧請がなく 単立でないかぎり教学上は 分祀を遺族の意向で行うのは無理である 
分霊の内 神社 祠等鎮座の地に御祭神を御霊わけ奉る事を 分祀というが 一般的ではないが 御祭神の一部のみを勧請する場合もありえなくはない 空想上の例えだが 神奈川県護国神社を再建したとしよう 現在御祭神を奉斎安置してる所からの遷座に加えて 靖国神社からの勧請を県関係の御祭神につき行うというと 本社である靖国神社の御祭神の一部を御分霊戴くことになる
その場合御祭神は靖国神社と新神奈川県護国神社との二社でお祭りされる事になる
つまり公的手続き この場合は県護国神社の再建による事由 に起因しないと靖国神社としては分祀をしないという事が一点 分祀の後は 鎮座地がニ箇所に増えるという点 このニ点をおさえてほしい
靖国神社のような国事の殉国者 皇軍将兵をお祭りする神社は 近代になってから新しくできた信仰に基づく神社ではなく 神代以来 鹿島神宮その御分霊を祭る各地の鹿島神社 日本武尊命を従軍した兵とともにあるいは摂社末社でお祭りする神社 八幡社とその地の軍神を併斎する神社等限りなくあり
この伝統の上に招魂社として建立されたのが靖国神社である
伝統教学の見地からは以上の点が指摘される