私がブログを更新しない時は基本的に
家族の誰かがパソコンを使っているときです 笑
 
もちろん用事があって出かけているときも
あると思いますが、
基本的には家族の誰かがパソコンを使っているときです。
 
基本的に何か用事があって使っているのですが、
私はブログを書くだけなので
パソコンを使わせての一言が言えません。
家族なのにね。
 
ましてや外で何かお願い事をするのは
私にとっては難しいことです。
なので基本的に言われっぱなしです。
 
人にも言われ、幻聴にも言われ
私はどうしていいのやらといつも思っています。
自分の主張も必要だとは思いますが
なかなか難しいなと思うのが現実です。
 
私は毎日ルーティンで回っていて
ブログを書くのはいつも夕方になります。
家のパソコンが空くのもその時間というのも
ありますけどね。
 
そのルーティンの中に毎日勉強すること。
ブログを書くことが入っていることは
とてもいいことだと思っています。
 
本当にひどいときは勉強することも
ブログを書くことも出来ませんでした。
言葉を取り入れることも吐き出すことも
私にとっては難しいことです。
 
文章を書くようになったのは2016年の後半あたりから
ある本を読んでから自分の気持ちを素直に
出すようにしました。
 
もちろんその内容はここには書けないような幻聴に対する
悪口ばかりです。
悪口は言わないほうがいいというのもわかっているつもりですが
そんなきれいごとを言っていては
自分の感情を維持することさえ難しかったのです。
 
きれいなことばかり言って生きていけるのなら
私はそうすべきだと思います。
すべてに感謝だと言える人は本当にうらやましく思います。
何から何までダメと言われて感謝だと言える人は
すごいなと思います。
1日2日なら自分のことを思って言ってくれていると思えるのかも
しれませんが、
日常のすべてがダメだと言われたら心が折れますよね。
 
そんな中で良く生きているなと自分でも思います。
 
朝から晩まで、ダメの繰り返し。
ダメとはくるけど何がダメかさえわからない。
言ったことかいることか行動か、
それともそもそもだめなのか
存在自体がダメなのかそこまで考えてしまいます。
 
そんな状態で感謝なんて言えませんよね。
すべてに感謝と言える人がとてもうらやましいです。
私はそんなきれいごとを言っては
生きていけない状態です。
 
私の気持ちをわかってくれと言いたいけど
わからないことは仕方がないことです。
人の痛みは誰にもわかりませんからね。
 
お前の痛みはわからないぞ と言われたことを
思い出します。
 
苦しいけれどつらいけれど、これが私の人生なので
この痛みを背負って生きていきたいと思います。
一人で寂しい人生だけどね。
 
私の幻聴に対する悪口はどれほどすさまじかったかというと
1年以上悪口を書き続けていることと
その悪口だけで1冊の本が書けてしまうほどの分量があります。
それは今でも続いています。
 
それをやらなければ私は生きていけなかったということです。
無駄だと思いながら書いています。
誰にも相談できる内容ではないので書くしかないのです。
 
相談できる人がいる人はいいですよね。
 

 

詩を読む心とゆとりがほしいな と
ふと思いました。
 
それを思ったのは先日、
牛久自然観察の森の梅園を見ていた時です。
 
簡単に言えば梅を見ていた時にそう感じました。
 
きれいに咲く梅。
そして、その梅の花からいい香りがしてきます。
 
その様子をのんびりと眺めているときに
ふと短歌をよく作ったなと思い出したのです。
 
短歌を作ろうという気持ちさえ起こらなくなっていたことに
が付きました。
 
とはいえ正直に言うとまだまだ短歌を作る余裕は
ないですね。
それなら形式にこだわらない詩を書くならいいかなと
思ったりしています。
 
もちろん詩を書くだけでも私にとっては
ハードルが高いのですけどね。
まだまだそんなゆとりはないなと思いつつ、
作ってみたいなとも思います。
 
詩を作れたら風流ですよね。
そんな心もゆとりもどっか行ってしまいましたが
ハードルを下げて気楽にやってみたいと思います。
 
題 梅園にて思う
 
梅の花 香り広がる花園に 
君に届けと思いつつ 届くことはないだろう
君は私を知らず 私は君を知らない
ささやかに喜ぶ 君の活躍を
私はただただ遠くから
梅の花見て 香りをかぐ
そんなことをただただ思いながら
 
 
あまりうまくはないですが気が向いた時には
作っていこうと思います。
 
 
3月11日に牛久シャトーのところで
ピザフェスが行われるようです。
これは行きたい。
スタートは10時から16時まで。
 
どんなピザが出るのかな。
楽しみだな。
 
幻聴が怖いと言いながら行きたい人。
行くとしたら両親と行くことになりそうですけどね。
 
食欲は恐怖に勝る。
といいつつも恐怖はあるのですけどね。
 
築地に行こうかとという話もありましたが
幻聴が怖くて断念しました。
 
牛久なら嫌になってもすぐに帰ってこられますからね。
だから行こうと思っているのですが、
明日の天気は大丈夫かな。
 
こんなに楽しみにしているのに
行かなくなったら寂しいな。
 
あとは家族の用事次第です。
行けたらいいな。
 
 
 
私のささやかな幸せは、
金魚が餌を食べてくれることです。
 
本当にささやかですけどね。
 
ものすごく金魚を溺愛しているわけでもないのですが
自分の家で飼っている金魚が2匹いるのですが
パクパクと餌を食べてくれると
とてもうれしいのです。
 
餌あげるときぐらいしか面倒を見てませんけどね 笑
知らない間に金魚もものすごく大きくなりました。
 
餌だけは欠かさずにあげているからかな。
 
餌はあげているのですが、
すぐには食べてくれない時があります。
そんなときには少し寂しい気持ちになりますね。
 
私の本当にささやかな幸せでした。
 
 
友だちのお誘いがあったけど断ってしまいました。
 
理由は、病気と金欠です。
 
お金は母に行きたいと言えば出してくれるのかもしれませんが、
病気ばかりはしょうがないのです。
 
何よりも怖いのです。
 
ずっと悩んでいましたが催促されたので
断ってしまいました。
 
私以外はみんな行くようですね。
 
いいな~と思いながら眺めています。
楽しんできてほしいなと思いますね。
 
基本的に私の病気は幻聴が聞こえるのですが、
その幻聴は私のことをいつもダメだと言っています。
 
なので外食などするときはかなりハードです。
ずっとダメだと言われ続けるようなものなのですから。
食べてダメ、しゃべってダメ、あっちゃダメ、ここはダメ。
ダメダメばかりです。
もちろん1回ずつ言われるわけではなく、
休みなくずっと言われているのです。
 
そこまでくると何がダメなのかさえわからなくなります。
幻聴の主が何を望んでいるのか
私にはさっぱりわかりませんけどね。
 
町を歩いていてもだめ、ご飯食べていてもだめとくるのですから
結局のところ私は家にいるようにしています。
家にいてもだめだと聞こえますし、テレビを見ていてもだめだと
聞こえます。
 
その状態が4年も続いているのです。
毎日休むことなく。
 
幻聴はもう嫌だし、疲れました。
でもどうしようもない。
 
毎月、病院に通っていますし、毎週病院に通ったこともあります。
薬の飲みすぎで副作用に苦しんだこともあります。
 
医者も転々としましたし、大学の名誉教授にも見てもらいました。
それも二人も。
 
それでもよくならないのでもんもんとしながら
毎日を過ごしているというわけです。
 
これでもかなり良くなったほうですけどね。
こうやって文章も書けるようになったし、
話をすることも出来るようになりました。
 
本当に悪いときは書くにするにしてもしゃべるにしても
言葉がまったくといっていいほど出てこないのです。
 
そんなときもありました。
 
ダメダメばかりで気がおかしくなったこともあります。
それが去年のことです。
本当にひどい1年でした。
 
その時よりもましになったのですが、
心身ともに疲れてきますね。
 
本当につらい毎日ですが、
わかってくれと言ってもわからないと思いますが、
こんな生活を私は送っています。
 
良く生きているなとも思います。
死んだほうが楽だよなといつも思います。
 
私が死なない理由があるとしたら、
それは死ぬのが怖いということです。
 
理由はそれぐらい。
死んだら楽だなと思うと同時になぜ私が死ななくちゃいけないのか。
というのもあります。
そう思っているから生きていけるのですけどね。
 
私にダメだと言っているのが人間だったら
避けたり逃げたりすればいいのですから
幻聴なのでどっからともなく聞こえてきます。
休むこともなく。
 
そんな関係で誰にも相談できずもんもんとするだけです。
仕方ないのです。
 
医者に相談したってわかってもらえないことが多いのです。
話し方によっては今までよりも悪くなったと判断されて
薬をたくさん出されて副作用に苦しむことになります。
 
それもまたつらいのです。
 
正直に言うと薬を飲んでも幻聴はほとんど変わらないのです。
さらにやっかいなことに幻聴は耳から聞こえてくるわけでもないのです。
 
本当にやっかいなことのです。
どうしようもない。
 
どうしようもないけどなにも出来ないけど
つらいけどがんばっていきたいと思います。
 
限界に行くまでね。