フルキヲタズネアタラシキヲシル
【古きを訪ね新しきを知る】

まあ正確には

         フルキヲタズネアタラシキヲシル
【故きを温ね新しきを知る】

となりますが
僕の好きな言葉の一つです。

やはりどの世界にも後世に残すべき古き良き時代の遺産があります。

「伝統」と言い換えたほうが分かりやすいかもしれません。

しかし地方の商店街が象徴するように、ほとんどの古き良き時代の産物は本当の価値や意義を世に理解されぬまま、ひっそりとその幕を下ろしている、そんな現実があります。

決して本来持ち得るそのポテンシャルが色褪せたわけではないにしろ、"相対的"に価値を下げていった日本古来の「伝統」の数々は当然のように終わりを迎え、我々の前からその姿を消しました。

価値観の多様性やエンターテイメントの充実、あらゆる場面で求められるダイバーシティ、そして何よりもインターネットやスマートフォンが与えたこの20年のインパクトは、劇的にそして驚くべきスピードで我々を取り巻く環境をいとも簡単に変え、それは世界に誇るべきその「伝統」すらも例外ではなかったのです。

では一旦ここで整理したいのですが、その「伝統」の数々は本当にその価値を失ったのでしょうか?

おそらくそのほとんどの答えが
「否」
であると思われます。

繰り返しになりますが"相対的"には下がったのかもしれませんが、魅力が無くなったわけではありません。

これは何を意味するのか。

現代的に言えば
"マーケティングの失敗"
ということに行き着くんじゃないでしょうか?

逆の視点から見れば、そこをちゃんとできたヒトやモノは生き残ってるのかもしれません。

とかく"職人"と呼ばれる方々に往々にして見られるのは、モノやサービスのクオリティにひたすら重点を置いて、"誰にどうやって届けるのか"という視点に欠けていることです。

品質やクオリティを上げていくことは当然必要な要素です。ですがせっかくのそれが誰にも届いてなければ全く意味を持たないのです。
この超のつく情報化社会の中においてそこのマーケティングを疎かにしては衰退の一途を辿らざるをえません。

ではどうすることが最適解なのか、
そこについては明日に続きます。

今日は終わりww