出勤前にちらりと寄った実家の母の庭が春の花盛り。
山野草が何より好きで、
県北の友人から分けて貰う山野草を ことのほか大事にしている。
元来 可憐な風情であるハズの山野草たちが、
緑の指の持ち主の母のもと、
何処で目にするより のびのびと元気いっぱいに見えるのが 可笑しい。
地植えの雪割草はさすがに終わりかけていたが、
私の持って行った 雛草 は
鉢いっぱぃに お花があふれかえっていたし、
白の大文字草に先駆けて、
赤の大文字草の元気さは、
ふんぞり返ってみえるほど。

連翹のように ぎっしりごっそり、となるのがイヤだった母が、
刈り込んでしまったために、楚々とした佇まいになった雪柳。
胡瓜草 同様、 葉っぱの匂いから
気の毒な名前を付けられた 花韮。
( 花言葉 『 別れの悲しみ 』)

さりげに昨年の秋からずっと咲き続けている、もう何年もののミニシクラメン。
庭のあっちこっちで色違いが咲いている クリスマスローズ。
どれも素敵で、目をきょろきょろしている私に、
『 千手岩菲 』が咲いたのだと 私の手を取って連れて行く。

:::::beadsbear:::::
センジュとは、先頃満喫した千手観音を思い起こさせる。
まこと、蓮の花のやうな。
で、両側の蕾が両腕を広げた握り拳のやうで、
何やら 動的な感じがする。
独鈷を持ってる感じ。。。救済??
で、ガンピとはなんだろう???
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
帰宅して、ググって調べてみれば、どうも違う。
千手岩菲は、ナデシコ科。 開花の時期も違う。
母のこれは、『 東一華 』というのではなかろうか。
母にPCメールで、双方の画像と一緒に送ると、
「 そうだったんだね。。。調べてくれて有難う。
でも私はこれを友人から『 千手岩菲 』だと言われて貰って
そうだと思って大事に育てて来たから。
私のなかでは『 千手岩菲 』のままでいい? 」
。。。悪い訳がないし^^*☆
花はただそこに在り、 そこでただ、咲いているだけ。
ひとは己れの 目に 胸に こころに うつる その ものを
そのまま感じたり、何某かを受け取ったり、
大切にしたり、想ったり、愛でたり。。
それで いいんだ、それで 十分なんだ、と そう 想うし。
* 『 千手岩菲 』とは、
『 岩菲 』という中国原産の多年草があり、
それに似ていること。
日光の千手が浜で見つけられたこと。
花びらの先が千手のように切れ込んでいること。
そして『 千手 』で、「 非常に繊細な 」 という意味を
持たせた???らしい??( ..)φ
はなのいろは
うつりにけりな いたつらに
わかみよにふる なかめせしまに
小野小町