広島から埼玉に向かう僕は不安な気持ちでいっぱいでした。
おふくろの事もそうですが、社会に出るのは約6年ぶりだったので車や電車、人の歩くスピードなどにも目が回り気持ち悪くもなったりして、何とか埼玉までたどり着きました。
最寄りの駅には実の兄貴が迎えに来てくれました。
本当はその日にでもおふくろに会いに行きたかったのですが、保護司さんに会いに行かなきゃいけないという決まりもあったので出所当日は会いに行けなかったのです。
そして、次の日に朝からおふくろに会いに伊奈のがんセンターに向かいました。
向かってる最中、緊張、不安、嬉しさ、本当に色々な感情があり会うのが怖くて引き返そうと思ったほどです。
病院に着いて、おふくろは無菌室というところに入院していたので、まず看護婦さんから手の洗い方や風のシャワー的なやり方を教わります。
まぁ一回目の白血病になった時も無菌室に入っていたのでこのやり方は知っていたんですが。
やっとおふくろとの面会です。
刑務所の僕が会いに来てもらう側じゃなく、病院に僕が会いに行く逆面会です。
会ったとき、何を話せばいいかわからなかったけど、おふくろは泣きながら「おかえり」と言ってくれました。
僕は泣きそうなのを我慢しながら「また一休さんみたくなったな」と笑いました。
そこからは驚くほどに自然な捕まる前までの日常的な会話になったのです。
僕は次の日から仕事を始めて、仕事が終わったら一回家に帰り風呂に入りすぐ病院に向かうという毎日をしました。
病院に着くのは夜の8時とかになるので10分とか長いときで30分ぐらいの面会ですが、毎日行くことがとりあえず僕のできる親孝行だと思ってました。
でも、毎日行くのがとても辛くて、いつも病院に着くと躊躇してしまう僕がいました。
おふくろは抗がん剤の副作用で本当に苦しそうで、時には白目になり痙攣してる時もあり、そんなおふくろを見るのが本当に辛くて、きつくて仕方なかったのです。
面会に行っても一言も話せない時もあり、僕はおふくろが苦しそうなのをただ見て帰るという日が増えていきました。
僕の兄貴が鳶の会社を経営しており、僕はそこで兄貴と仕事をしていました。
僕が出所したのが平成28年1月27日
そして平成28年3月18日、仕事をしていた兄貴と僕の元に病院から電話がありました。