苦しみ
孤独
痛み
挫折
不自由
罪悪感
無価値感
スピリチュアルでは
人はそのような体験がしたくてこの世に生まれてきた
と言います
「完全」「完璧」「至福」である魂が
人間という物質的な身体を持ち
対極である
「不完全」や「不足」
「苦しみ」「悲しみ」を体験しに
この世に降りてきた、と。
そして
そのシナリオを書くのは
「自分」
「まさか…」
「そんな事ありえない…」
私は全く信じませんでした
小さい頃に体験した
悲しい出来事の記憶を引きずって
生き辛さを抱えてきた私は
その考え方に憤りさえ感じていました
「私が自分で自分を地獄に突き落とすような
そんなシナリオを書くはずがない」
スピリチュアルを知ってからも
そこの部分だけは理解できなかったし
反感を持っていたし
受け入れなかった
でも徐々に
「そうかもしれない…」
そう思い始めました
「元々完全で完璧な存在の魂は
苦しみや悲しみを体験したくて
自分でシナリオを書いてこの世に降りてくる」
それは
それまで持っていた概念とは全く逆のもの
心理の知識、考え方とも違うもの
そしてやがて
それが「腑に落ちた」と言うことが
私がカウンセリングをお休みしたことに繋がっています
「腑に落ちた」という事は
悲しみや苦しみとのお別れを意味します
目の前の「歓迎しない出来事、問題」は
一喜一憂してその感情を味わうのではなく
これからは
自分の心の偏り
自分が持つ概念・思い込みに気付き
それを手放すことに使うからです
どんどん自分を許していき
どんどん自由になり
どんどん幸せになっていく
私はずっと絶望していました
苦しみや悲しみから解放されたかった
そこから抜けたくてもがいてきた
なのに
その苦しみや悲しみを
もう味わえなくなるんだな、と考えたら
切なくなるんですよね
長年住み慣れた場所を離れるような
今までずっとそばにいてくれたものと
もう会えなくなるような
胸をキュッと掴まれる感覚
それを感じたとき
やっぱり私はこれを体験する為にここに来たんだと
思わざるを得ませんでした
最近気に入ってずっと聴いている
ミセスグリーンアップル
歌詞が
スピリチュアル心を
ちょいちょいくすぐる 笑
あぁなんて素敵な日だ
幸せと思える今日も
夢敗れ挫ける今日も
あぁなんて素敵な日だ
幸せに悩める今日も
ボロボロになれている今日も…
悲しかったあの日も
苦しかったあの時も
私はずっと
幸せだった
素敵な日々を
歩んでいた
悲しみや苦しみが終わり
ようやく言えること
「私はもう二度と
絶望できないんだな」
あれほど
あんなに
憎んでいたのに
人って
そう思うと
切なくなるんだ
まっきー
