龍翁余話(946)「玉音放送」
以前にも、この『龍翁余話』に書いたことがあるが、翁の家(マンション)の玄関を入った直ぐの場所に雑然とした仕事部屋があり、その部屋の本棚には『昭和史の天皇』(読売新聞編纂全30巻)や“天皇陛下御一家”の写真、“靖国神社”のお札・絵馬・鏑矢、更に大小の“日の丸”が365日飾られているので、初めての来客者は多分“異様”を感じることだろう。翁の現役時代は勿論、引退後も(コロナ禍以前までは)外国人も含め来客者が多かった。最近(古いマンションなのであちこちにガタが来て)リフォーム業者が出入りしているが、彼らも部屋の雰囲気に“異様”を感じてか、翁との会話があまり弾まない。しかし『昭和史の天皇』も“天皇家の写真”も“靖国神社”も“日の丸”も、見栄でも見せかけでもなく、翁の信念(思想)を象徴するディスプレイだから、どんな来客者に対しても胸を張って『昭和』、『天皇』、『靖国神社』、『日本精神』を語る。それは、外国の歴史・伝統文化を尊重しながらも“日本国及び日本人”を誇りとする翁にとっては実に楽しいことである。
さて、8月15日は「終戦の日」。その日が近づくと翁は決まって少年時代の“その日”を思い出す。戦前生まれ、戦中育ちの翁にとって8月15日は、何年経っても格別な感慨を抱く日である。“その日”――朝からジリジリと照りつける太陽、周辺の樹木林から聞こえる喧しいミンミンゼミの鳴き声――昼前、近所の大人たち10数人が翁の家(座敷)に集まり、ラジオの前で正座した。何が始まるのだろう?龍少年(翁)も最後列の母親の横に座った。集まったほとんどの人たちが盛んに団扇を扇(あお)ぐ。正午の時報のあと重々しいアナウンサーの声「只今より重大な放送があります。皆様ご起立願います」大人たちは団扇を止め立ち上がる。龍少年も立ち上がった。アナウンスが続く「天皇陛下におかれましては全国民に対し、かしこくも御自ら(おんみずから)大詔(たいしょう=天皇が広く国民に告げる言葉)を宣せられることになりました。これより謹みて玉音(天皇が公式に発する肉声)をお送り申します」(このアナウンス原稿は後年調べたもの)。母たち大人は深く頭を垂れた。そして『君が代』が流れ『玉音放送』が始まった。その時は、当然のことながら龍少年には意味が分からなかったが、あれから81年経つ今、改めてこの『玉音放送』(終戦を宣言された昭和天皇のお言葉)を聴き直し(読み直し)その時の昭和天皇の大御心(おおみごころ)を拝察奉りたい。
<玉音放送>(現代語訳・要旨)
【・・・そもそも日本国民の平穏無事を確保し、すべての国々の繁栄の喜びを分かち合うことは、歴代天皇が大切にしてきた教えであり、私が常々心中強く抱き続けているものである。先にアメリカ・イギリスの2国に宣戦したのも、まさに日本の自立と東アジア諸国の安定とを心から願ってのことであり、他国の主権を排除して領土を侵すようなことは、もとより私の本意ではない。しかしながら、交戦状態もすでに4年を経過し、我が陸海将兵の勇敢な戦い、我が全官僚たちの懸命な働き、我が1億国民の身を捧げての尽力も、それぞれ最善を尽くしてくれたにもかかわらず、戦局は必ずしも好転せず、それどころか、敵国は新たに残虐な爆弾(原子爆弾)を使い、むやみに罪のない人々を殺傷し、その悲惨な被害が及ぶ範囲はまったく計り知れないまでに至っている。それなのになお戦争を継続すれば、ついには我が民族の滅亡を招くだけでなく人類の文明をも破滅させるに違いない(中略)・・・戦場で没し、職責のために亡くなり、戦災で命を失った人々とその遺族に思いをはせれば、我が身が引き裂かれる思いである。さらに、戦傷を負い、戦禍をこうむり、職業や財産を失った人々の生活の再建については、私は深く心を痛めている。考えてみれば、今後日本が受けるであろう苦難は、言うまでもなく並大抵のものではない。あなた方国民の本当の気持ちも私はよく分かっている。しかし、私は時の巡り合わせに従い、堪え難くまた忍び難い思いをこらえ、永遠に続く未来のために平和な世を切り拓こうと思う。私は、ここにこうして、この国のかたちを維持することができ、忠義で善良なあなた方国民の真心を信頼し、常にあなた方国民と共に過ごすことができる。感情の高ぶりから節度なく争いごとを繰り返したり、あるいは仲間を陥れたりして互いに世情を混乱させ、そのために人としての道を踏み誤り、世界中から信用を失ったりするような事態は、私が最も強く戒めるところである。まさに国を挙げて一家として団結し、子孫に受け継ぎ、神国日本の不滅を固く信じ、任務は重く道のりは遠いと自覚し、総力を将来の建設のために傾け、踏むべき人の道を外れず、揺るぎない志をしっかりと持って、必ず国のあるべき姿の真価を広く示し、進展する世界の動静に遅れまいとする覚悟を固めなければならない。あなた方国民は、これら私の意をよく理解して行動してほしい】・・・
“その日”――ラジオの前で泣き伏す大人たちの有り様を見て(龍少年は)子供心に「これはただごとではない」と思い、泣いている母の横顔を見る。母は声を震わせ小声で「戦争が終わった、日本が負けた」と龍少年の耳元でささやく。その時、龍少年は事の重大さを理解出来ず、泣くどころか、戦争が終わったのなら学徒動員で(海軍航空機整備兵として)長崎県佐世保軍港に行っている兄や、女子挺身隊員として大阪の貝塚(紡績工場)で勤労奉仕をしている長姉が帰ってくる、その嬉しさがこみ上げ笑みを我慢したものだった。
『玉音放送』で述べられた昭和天皇の大御心に沿って日本は奇跡的な復興を成し遂げた。昭和天皇の「国民と共に」は平成天皇、令和天皇へと引き継がれた。それにしても昭和天皇が仰せられた「感情の高ぶりから節度なく争いごとを繰り返す(他国の主権を排除し領土を侵す)ことは、人の道を踏み誤り、世界中から信用を失ったりする。このような事態は、私が最も強く戒めるところである」このお言葉は“千金”に値する――81年も前の昭和天皇は、今日の世界の動きを読み見抜いているかのようだ。最近、翁がよく口にする“21世紀の極悪4人組”プーチンよ、習近平よ、金正恩よ、トランプよ、君たちはこの昭和天皇の『玉音』を何と聞く?・・・っと、そこで結ぶか『龍翁余話』。