登山に行く日に限って曇りやら小雨やらが続き、東大阪の生駒山の山頂に行けない状況
快晴で綺麗な時に行きたい、願いはいつ叶うかな・・・
登山ネタが書けないので、ネタ作りに親が子供の頃住んでいた町を散策してきました
大阪生まれの母の方です(ブログに記載許可貰ってます)
写真を見せたらだいぶ風景が変わっているようで・・・ここ本当に駅前?と初めの一声でした
正面が阪和線の東羽衣駅です
左側の交番は昔からあるらしいです、そこだけは変わっていないようです
交番横にロッテリアがあったらしいけど、既にないですね・・・
周辺を見渡します
建物はほとんど変わっていて、昔の面影はないようです
20年~25年も経っていれば当然かも
てこやの場所は2階建てのゲームショップ屋だったとか
南海線の羽衣駅です
ここにはデカい2~3階建てくらいの建物でおもちゃ屋とか文房具店などの店があったらしい
駅にも直結していたそうな
今はタクシー乗り場になってました
ここからは親に教えてもらってグーグルアースで調べたのち、現場に行ってパシャリのものです
右側の茶色の建物のとこが親が一番初めに住んでいた場所らしい
石でできた住宅で、大地震ですぐ倒壊しそうな建物だったとか・・・台風の時は横揺れもあったとか
今は施設に変わってます
正面の住宅のとこは羽衣荘というのがあったらしい
左側の茶色の住宅は小さい頃からあったみたい
これで昔からある物は交番と茶色の住宅の2つ
石の住宅の取り壊しを伴い、次に引っ越した場所が正面の5階建ての住宅の5階らしい
ドブ川の臭いがやばいとこ
建物は健在
中に行きたかったけど、不法侵入で捕まるのは嫌なので遠くから
親が小さい頃遊んでいた浜寺公園
この写真の場所は昔、砂地でサッカーとかバトミントンとかできる広い砂地だったらしい
そんな光景はもうなく綺麗に整備されてる
浜寺公園内にある長い滑り台
これも昔からあるらしく、親はよく滑っていたそうな
昼から夕方まで子供で賑わってたらしいけど今は外で遊ぶ子も少なく
無人状態
時代は変わるばかり
汽車があります
浜寺公園では汽車が走っていてゴーカートなどもあったそうな・・・
線路も小さくなっていて短くなってるかも
親の時代では広い浜寺公園の外周を大回りする感じで線路があり、写真の黄色の建物の中を通って隣の公園まで続いてたそうな
この建物の場所付近は、たくさんの遊具や長いコースのゴーカート
汽車乗り場や回転ブランコなどもあったらしい
周りを確認してみたけど、今はそれらしいものはなかった💦
浜寺公園内から工場地帯を見渡せる場所
ここは変わっていないようです
親はここで凧揚げとかしていたらしい
学生時代の母の初デートスポットだそうな・・・下に降りると上からは見えなく
人目も気にせずという場所
初デートの相手はうちの父ではないみたい
少し移動しまして、伽羅橋駅付近の商店街会
古いポストも昔からあって
その横のシャッターが閉まってるとこは弁当屋だったらしい
もう使われていないみたい
喫茶店もあったみたいだけど、既になくなっている
南海線 伽羅橋駅
建物の構造は昔と変わってないみたい
レンガや壁がかなり傷んでる
付近には
ショッピングセンターイケチューっていうのもあったらしいけど、今はそれすらなかった
移動しまして、南海線の高石駅付近
関西スーパーは昔からあるらしい
メルヘンというケーキ屋もあるとか聞いたけど見つからず
母はよく、お母さん(おばあちゃん)に名前入りの誕生日ケーキをメルヘンで作ってもらったとか
おばあちゃんは僕は見たことありません💦何でかはお察しを
母がよくお母さん(おばあちゃん)とお父さん(おじいちゃん)に連れてきてもらっていた、さぬきや
写真を見せた時にまだあるんだぁ!と驚いてました、鉄鍋定食しか食べないとか
定食があればまた行きたいようで、今度みんなで行く予定になりました(*'▽')
うどん出汁とか昭和風の味らしいです
写真500枚くらいは撮ったかも、親が思い入れのある物だけを記事にしたけど
親向けの記事になってしまいました💦
観覧された人は楽しめるのかな(´-ω-`)
















