ご無沙汰しております。
8/16はりゅうのすけが旅立った悲しい日。ですが、今はそれだけじゃなくなりました。
8/16にこの世に生まれてきた新しい生命。
運命的な出会いがあり、先月、この新しい生命を我が家に迎えました。
「はじめまして。りゅう吉でちゅ。」
家族になったのは10月19日。
りゅうのすけの四十九日をすませ、二回目の月命日が過ぎた土曜日でした。
まだまだ悲しみが癒えたわけでもなく、辛い気持ちを抱えたまま、ただ1日が過ぎて行く、そんな時期でした。
次の子を迎えるのはまだまだ先、と思っていたけど、その反面、このままじゃ、二人とも精神的におかしくなるかもしれない、という思いもありました。
台風が相次ぎ、その日も朝は雨が強く降っていました。まだ次の子など考えられないというパパは全く気乗りせず、本当に(ブリーダーさんのところへ)行くの?と言っていましたが、事前に日時を伝えてあったので、行くだけ行こうよ、と。
車中でも、行くけど買わないからね、と言い、途中で渋滞にあうと、帰る?と言うパパ。
でも雨も止み、青空がのぞくようになりました。初めての道でカーナビを頼りにようやくブリーダーさんのところに到着。
事前に赤柴の男の子と伝えてありましたので、到着すると「この子です」と見せてくれました。
「ちっちゃーい」「かわいいねー🎵」
その時でもまだパパは、まあそうだね、というくらいで、何か他人事のような感じでした。
事前のやりとりで8月生まれだとはわかっていたのですが、
「誕生日はいつなんですか?」の私の問いに
「8月16日ですね」と答えがかえってきた途端、二人とも「ええっ
」と。
実はりゅうのすけが亡くなった8月16日か翌日の17日に生まれた柴犬の男の子がいないか、いたらいいね、とネット等で探していたのです。ところがなかなか見つからず、そのことはあきらめていたのです。
もちろん。ブリーダーさんにもそのことは話してしなかったので、その時に初めてそのことを伝えたところ、大変驚いていました。
そして、そのことがわかってからパパの表情が一変。「ここにいたのかー」と。
それからは話はすすみ、その日のうちに、我が家へ連れて帰ることになりました。
生まれ変わりとか、運命とか、そんなことないとわかっているけど、でも、今は信じてもいいのかな、と。
家に着いてからが大変❗だって、出かけるときには、まさか連れて帰るとは思っていなかったんですから。
ただ、サークルはりゅうのすけのがありましたし、ケージもしまってありました。なので、大急ぎで部屋を片付けたり、敷物を出したり、もうバタバタでした😅
りゅうの頃からの付き合いのワン友さんに子犬がきたことを連絡したところ、次々に会いたい❤️とやってきました。
本当なら、ウチに来た日はおとなしくしていたほうがいいのでしょうけれど、りゅうのすけの時にも来ていただいたし、いろいろな人に会って抱いてほしいという気持ちもあり、会いにきていただきました。
その中で名前も「りゅう吉」に決定
そして、りゅう吉も、誰がきても動じることなく、楽しくて仕方ないという様子でした。
それは、その後も同じで、誰かくると遊べると思っているようで、誰がきても嬉しいようです。このまま人が好きな子になってほしいと思います。
あれから1ヶ月近く経ち、ちょっとずつですが、大きくなってきました。
でも、両親犬、特に母犬が小さいこともあり、柴犬としては小さいようです。
でも、食欲も旺盛で、ガツガツという表現がぴったりな見事な食べっぷりです😅
りゅうのすけが子犬の頃からあまりご飯に執着がなく食べさせるのが大変だったのとは対照的です。
ヤンチャでいたずらっ子なりゅう吉。
毎日が戦いですが、とにかく元気に育ってくれればいいと思います。
今日11月18日は、初代りゅうの命日。
「りゅう」から「りゅうのすけ」そして「りゅう吉」
みんな大切な我が家の家族。
またこちらのブログで新しい家族のことが書けることを嬉しく思います。
どうぞ、これからもまたよろしくお願いいたします。
あの日から、決して広いわけではない我が家が広く感じられます。
8/7(水) 日本動物高度医療センターでの検査で、脾臓が原発で、肝臓とリンパに転移が認められる悪性腫瘍と告げられました。
抗がん剤が効く種類のものかもしれないけど、それを確認するにはさらに辛い検査と治療が待ってる。じゃ、治療しなければ?との問いに、はっきりいって、その日が今日かもしれないし、明日かも、1週間後か2週間後かもしれない、と。
ここに来る前に答えは決まってました。これ以上辛いことはやりません。ウチに連れて帰ります、と。
先生も、そばにいて寄り添ってあげるのが一番だと言ってくださいました。
ご飯をほとんど食べてないりゅうのすけに最低限の点滴と注射だけお願いし、部屋を出た途端、涙が溢れて止まりません。ある程度覚悟はしていたけど、いざ、その事実を告げられると辛くて悲しくてどうしようもありません。
ただ、痛みは感じていないらしいことだけが救いでした。
待合室で待っていると、中から、ほっとした顔でトコトコ歩いてくる姿が。点滴が効いているのか、来たときよりも元気な気がします。車に乗せても、さっ、帰りますよ
といつもと同じポジションに。
奇跡的に長い夏休みだったパパ。たまたま夏休みと有休とテレワークでずっとウチにいれた私。家族べったり一緒に過ごした9日間。
朝のまだ人もほとんどいない公園にみんなでお散歩にいって、お気に入りのベンチで一休み。
おうちでは、寝てばかりのりゅうのすけの横で一緒にお昼寝。
夕方にはまたみんなで公園に行ってみたり。でも暑くてすぐ帰ってきちゃったのが心残り。
夜もりゅうのすけの横に布団を敷いて、川の字で寝たけど、ふと気づくと、りゅうのすけだけ、元気だったときと同じように、あちこちに移動して寝ててびっくり。
かかりつけの病院で点滴と注射をしてもらうと元気になって、少し食べることも出来たけど、それもほとんど食べなくなっちゃった。ただ、水だけはフラフラの足取りなのに、自分で飲みに行ってた。
その間に、お友達やそれぞれの実家の家族とかがりゅうのすけに会いにきてくれたりしました。本当にありがとう。
8/15(木)の夜にもお友達が訪ねてきてくれました。持ってきてくれたプリンを、小皿にちょっとだけだけど、ペロペロ食べてくれました。そして、これが最後に口にしたものになってしまいました。
8/16(金)には、もう水もほとんど飲めなくなり、午後からはほとんど昏睡状態に。
そして、夜7:15。りゅうのすけは、私の腕の中で息を引き取りました。
11歳と10ヶ月。
お盆でお空からそれぞれのおうちに帰っていた子たちがみんなで相談して、こわがりのりゅうのすけを連れていってくれたのでしょう。すぐ隣にはもちろん、我が家の先代りゅう兄ちゃんがいたに違いなく。ちゃんと言うこときいてるかな?
8/18(日)には、本当にお空にいってしまいました。
8/19(月)は夏休み明けで、仕事に行かなくてはならず、でも留守番させるわけにはいかないし…と実は先生とも話していました。ですが、そんな事情がわかっていたかのように、自分で8/16を旅立つ日に決めたようでした。それまではパパとママとべったり過ごして、ちゃんとみんなとお別れする日も作って…
みんながすごいね、ちゃんとわかってるんだね、親孝行だね、って。
なんで、そんなに親孝行ないい子なの?
もっともっと長生きして困らせてよ。
ありがとう。
ごめん。
ありがとう。
こちらでの更新はしばらくお休みさせていただきます。
これまで、ありがとうございました。












