「人民の人民による人民のための」、医療政策決定…… は勿論理想的ですよね。

これは別に米国大統領リンカーンが言った言葉ではありませんが、医療政策決定において国民の声を代行するのが政治家、そしてその政治家の適切な決定を支援するのが医療でいえば医療の専門家です。

 

前回書きましたが、日本は意外に「医療政策決定において科学から距離をおいて行われている」印象です。

 

ここで皆さんに誤解してほしくないのは、今日本の現在新型コロナウイルス感染症対策専門家会議や有識者会議は非常に優秀です。

実際今回の感染拡大対策においては感染数は欧米と比較し低く抑えられています。

 

しかしどんなに優秀な専門家集団がいてもその声を反映する「権限と責任」が与えられていなければ、その英知を医療政策に反映できません。この課題は新型コロナ対策に限らず、日本の予防医療、例えばHPVワクチンなどに関しても同様なことがいえます。HPVワクチンに関しても専門家は子宮頸がんの死亡率が下がるといった絶対的科学的根拠があるはずなのにも関わらず、専門家の声は現在も日本の医療政策に反映されてはいません。

 

これに対して、英国では、Chief Medical Officer (主席医務官:CMO)が医療政策決定において明確な「権限」を持ち、科学と政府の「橋渡し役」を担っています。CMOは政府に所属はしているものの、基本「ジョブ型雇用」であり、この職に就く者の多くは大学・研究所・シンクタンク・英国公衆衛生庁や省庁での多種多様の仕事を経てキャリアを形成しています。任期は平均10-15年程度と、任期が3年である日本の医務技監と比較すると長いです。CMOは医療政策において「首相の直近のアドバイザー」を務め、常に科学と医療の政策決定は隣同士にいる構造を取ります。現在CMOのChris Whittyもそうですが、「公衆衛生・疫学のトップ」の医師がその職を担い、その世界での最先端の議論を追える専門家だということも特徴です。

 

CMOは今回のコロナ禍の中でも、政府と科学者の橋渡し役を務めています。英国ではパンデミックなどの緊急時に発動する専門家会議(Scientific Advisory Group for Emergencies:SAGE)があり、CMO自らその委員長を務めました。専門家会議も専門科のコンセンサスをある程度「中立的な立場」から直接政府に提言する形が取られています。基本医療政策も同様原案を練るところから多くの専門家が参加し、最先端の研究の知見が反映されることになります。

 

残念ながら日本ではこの橋渡しの役目は、任期が短いジェネラリストの行政官に任されています。医療政策について一定の専門性は持っているものの、それは行政の経験に基づくもので、政策案は理論的というより現行制度をベースにした現実的なものが多いです。今後日本の数々の優秀な専門家の英知を生かすためには、医療政策決定を更に政府と至近距離で行い、「橋渡しができる権限をもった専門家」を増やすことも検討に値するのではないでしょうか。