こんばんは
こしのです。



今日は
立川織物の亀田縞をご紹介します。

300年の歴史を誇る
『亀田縞』
新潟平野を流れる信濃川 阿賀野川およびその支流である小阿賀野川に囲まれた地域は「亀田郷」と呼ばれる地域を形成しており 亀田町はその中心として発展しました。
大正初期に織物業が全盛期で 日本最北の綿産地であり 600以上の業者によって「亀田縞」が生産されていました。
300年余りの歴史を持つ『亀田縞』もやがて終息を迎える時にがきてしまいます。
それまで農村衣料として質素 牽牛第一の亀田縞は一般大衆向け着尺に取って代わられ 追い討ちをかける様に昭和13年からは戦時指定生産がはじまり 歴史の幕を閉じる事になります。
亀田縞の復活の取り組みは 
「どうしても後世に残しておきたい」
「機屋(はたや)が無くなってからでは遅い」
そんな想いからでした。
戦後60年 最盛期には総計660の業者によって構成されていた産地も今や機屋を2社残すのみとなってます。
しかし郷土資料館に残る「縞見本帳」や産地に保存されていた布や台帳を便りにできるだけ忠実にそして以前には無かった 天日干し加工を施し 柔らかく肌触りのいい綿織物に仕上がりました。

『亀田縞』の特色は手触りのよさと
藍(インディゴ)で織られた美しい文様です。

『亀田縞』の復活に挑んで丸3年
亀田という地名も機屋も無くなりそうだから "今しかない"という思いから 農家の作業着に使われていた木綿織物『亀田縞』の生産を半世紀ぶりに復活させたのです。



《生地ができるまで》
亀田縞は糸操り 整経~検品までを自社の工場で一貫して行っています。
人の手と目により 検品体制を敷いており 高い技術で高品質な織物を提供されています。

⒈糸操り
糸をスムーズに整経できるようにするため 「枠」という道具に糸操りを巻きつけます。

⒉整経
整経とは 縦糸と横糸を一定の組織に従って交差させて 所要の布を織り上げていく事です。

⒊綾通し
順番に並んだ経糸を綜絖に通す作業。技術者が手作業で行っていきます。

⒋織り/機結び
コンピューター制御で高速におられていきます。途中で一本でも糸が切れた場合は機械が止まり
職人が機結びを行い再開します。

⒌検反
織り上がった生地を検反します。
綿ボコや織キズをチェックして 修正をかけて完成です。

⒍糸入れ
織キズがあった場合 職人が手作業で修正します。

⒎完成

たくさんの 手と目 職人の技術により ようやく完成。


私は風呂敷愛用人間で いろんなタイプの風呂敷を使っています。
亀田縞の風呂敷も 包むとズレにくく  使っていると心地よく馴染んできて 使いやすいのです。

旅のお供にはもちろん 
使い方は 何通りもあります。

風呂敷はいいですね。
皆様も是非




1月12日
日本橋ブリッジにいがた
10時~17時
皆様のお越しをお待ちしています。


こしの