以前にASDの傾向が高いと検査結果が出て(医療機関ではなかったので「診断」ではなかった)、それもあって、結局ASDとは何なのかを考えていて、やっと答えが出ました。
その前に、けっこう前に詳しめに書きましたが、ユングのタイプ論を少し。
人間の意識の入力の機能が五感の〈感覚〉といわゆる第六感の〈直観〉があり、それぞれ〈外向的〉と〈内向的〉に別れます。
人間の意識の情報の判断の機能に論理的な〈思考〉と快か不快かの〈感情〉があり、それぞれ〈外向的〉と〈内向的〉に別れます
これを踏まえて人間の情報処理の構造を考えると、
まず〈感覚〉か〈直観〉で[外からの情報]が入ってきますが、すべて認識する前に、前にあった記憶、[教育済み情報]が立ち上がり、これと合わせて[外からの情報]がすべて認識される前にその差異から、情報の全容が捉えられます。
そして、この情報は〈外向的〉な場合は外からの形のそのままで認識され、〈内向的〉な場合は自分に合った形に変わっていくような感じで認識されます。
〈外向的〉だとこっちから取りに行く、〈内向的〉だと自分の本棚にちゃんと分けて並べていく感じでしょうか。
そして情報の認識までいくと、これを〈思考〉で論理的に処理するか、〈感情〉で快か不快かで処理するかです(今回はここの外向的と内向的まで言いません)。
この最初の方の[教育済み情報]、おそらくASDだとこれが非常に精密なのです。
精密だと、他の人と同じ重さ(プログラムのように考えて)にしようとすると、範囲が狭くなります。
探すのに時間がかかるのです。
しかし、一度立ち上がると、非常に精密に働きます。
その場ではなかなか立ち上がらず、固まったりして、後から感情的処理が来たりします。
これがASDの本質ではないかと思います。
そして僕の場合、別のところ、非常に偏った内向的感覚であって、外の情報を自分用に翻訳するのに時間がかかっている自分は、ASDのチェックシートに引っかかり、誤認されたと思います。
けっこうそんな人も多そうです。
もうひとつ、ユングの心理学における、「関心」の考え方ですが。
量があると考え、その総量は一定と考えます。
要は、物理学のエネルギーと同じようなものと仮定して〈リビドー〉と呼びます。
フロイトではエロいこと限定ですが、ユングでは「関心」全般に使います。
心の全体の量、その中の自我が自由に使える量、それぞれが一定量あると考えて、自我が自由に使える量を〈意志〉と呼びます。
この〈意志〉の量が小さいのがADHDではないでしょうか。
自分を自分で制御しにくい部分はありますが、無意識の声が聞こえやすい感じです。
現実に存在する神話の〈トリックスター〉ですね。
混乱させることもあれば、普通の人では思いつかない、良い方向へ導くこともあります。
このADHDの方は、なんとなくイメージがすぐにわいたのですが、ASDは最初は〈内向的〉に大きく偏っていることじゃないかと思ってChat GPTに言ったら、人が好きなASDもいると否定されました。
「いや人が好きかどうかと〈内向的〉〈外向的〉は違うだろ」とか思って議論してるうちにここに収束しました。
ただ、医療現場の定義は、症状がある人を見つけて対応するためのものなので、「間違いだ」と言うつもりはありません。
ただ、一歩本質に近づけた気がして嬉しかったっただけです。