書店の女 第3回 VOICE
女店員の名は伊佐子といった。 伊佐子はどちらかというと
地味で古風な女であった。 髪は染めるようなことはせず
漆黒のロングヘアーだし、化粧は薄っすらと施す程度。
衣服も赤や紫、ピンクといった刺激的な柄よりも、黒、白、紺
といったシンプルで清楚なものを選んだ。 端整な顔立ち、
落ち着いた雰囲気、程よい年輪を重ねた白肌は、29歳の
同年代女性よりも大人びて見えた。 テキパキと冷静沈着、
完璧な仕事ぶりは後輩たちからは憧れの眼差しでみられる
一方、自身のことは一切話さずプライベートも誰とも拘わり
をもたないため、他の店員との間になにか冷たい氷壁の
ようなものが出来てしまっていた。 一部の同僚のあいだ
で、「氷の女」と陰口をたたかれていた。
オフになると他を寄せ付けない冷たい霊気を醸し出す
伊佐子に異性との噂話は皆無であった。それは勿論、
伊佐子に魅力がないわけではない。これまでにも
言い寄ってくる男性は数知れずいた。 しかし彼女
は拒否反応を示した。たとえその彼が魅力的で彼女
の理想の範疇内だとしても…。
それには理由があった。それは誰に告げることもなく
彼女の胸の内にそっと、秘められていた。その秘め事
というのは…。
まだ12歳の少女の頃の話だ。その夜、伊佐子は
真夜中になっても寝付けなかった。くり返し目が覚めた。
ベットのシーツが汗でビッショリ濡れた。
伊佐子は夢と現実の狭間を行ったり来たり、幻想的
な空間にいた。 すると紫色のもやがかった闇の
中心から彼女を呼ぶ声がする。
「…伊佐子よ…、伊佐子よ…!」
夢の中で伊佐子は澄ましてその声に耳を傾けた…。
つづく