今回のLUNAの損失原因と今後繰り返さないように忘れないうちに記載する。

 

LUNAの事はUSTの維持に関連してるくらいの認識だった。

去年話題になったTITANとIRONの関係に似ているが、保有資産があり安定してるとか言われていて実際UST価格は安定していた。

 

75$位で入って今年入ったアルトの中では利益も良かった。

USTでanchorに入れたら18%くらいになるのは知っていて、地合いが良くなったら一部利確して入れようと思っていた。

来年までPJがあったら1000位入れてみようかくらいに思っていた。

 

4月くらいからVELASで和牛スワップでUSDVとBUSDのLPで10000くらいファーミングを始めた。

ステーブルでAPY40くらいで怪しいとは思ったがリワードを複利で回せば多少何とかなると思った。

速攻でUSDVが下落して0.85位をつけた。

LPのUSDV比率が増えているので解体してUSDVとBUSDに分け、リワードの和牛をUSDVにスワップしてUSDVの回復を待った。

一週間くらいで戻ってUSDVは何故か1ドルを超えた。

再度LPを組んだら10800位になって短期で800儲けたがこれはたまたまで再現性は無いと思った。

どっちみち戻るならLPのままでも同じだったかもしれない。

そんな事もあり無担保ステーブルは危ない事を感じていた。

 

USTのペグが外れたニュースがでてLUNAは30$位になっていたが、ナンピンはしなかった。

5/10にカレー屋でショートしようかなとみてた時は25$位で、その後すぐ35$位になっていたので入ったら速攻焼かれていた。

まだ反発する力があった。LUNAの財団がBTCを売って相場が下がっている気がしたので、BTCが戻ればLUNAも戻ると考えた。

5/11にキクヤで打っている際15$付近まで下りてきており14.5位で指値を置いたら速攻刺さってさらに下落した。

17$位に戻ったが75$位で入った分もあるので利確できるレベルでは無かった。

 

一桁台に落ちた時にEんどうさんにラインしてLUNAで億れますよ、とか全く空気の読めない発言をしていた。

Eんどうさんは初心者と中級者の間くらいと思っていて、20年後半~21年前半の自分を見ているようだった。

Eんどうさんからラインが来るときは大体それが大底になる事があり、昨年の5/20と今年の1/22あたりにこれ大丈夫か?というラインが来た。一つの指標になっていたが今回はこちらからラインしてしまい大事な指標をこちらから失ってしまった。

 

1000$単位でロットを仕込んだが底は見えなかった。1000枚位になって7$位を付けたがまだ上を見ていた。

そこが折り返しポイントだった。

TITANのように無限発行されれば一億分の一くらいになるのは知っていたので、また去年TITANが死亡後デットキャットバウンス?で一時100倍くらい跳ねたのを見ていたので、枚数を仕込む勝負になった。

最初から1000$単位で入れてたので消耗が激しく合計7000位入れていた。

こういう時はリスクを鑑みて入っても100$×10本とかで入るべきで、大きく下がったときに大きく入れなかった。

最低でも大底で1億枚は仕込んでおくべきだった。

 

本当の勝利者はショートしている人だった。

USTのペグが外れた時点で予兆を察する判断能力が無かったのが敗因。

仕組みについてもっと勉強しておく必要があった。

知識があればこのショートは30$位から入れた。

要は日本で戦前にあった恐慌と同じで、誰かがどこかの銀行が危ないと失言したことで取り付け騒ぎが起きて銀行だって預金分と相当の準備額を持っているわけが無いから破綻するのと一緒だと思う。そうなった場合は預金封鎖をするか通貨枚数を増やすしかないので、今回預金封鎖が行われなかった時点で枚数増加のセオリーを読めたら乗れたはずだ。

 

このショートもボラが大きすぎるのでハイレバは絶対にすぐ焼かれる。

インバース型は通貨が無価値になったり売れなくなったら意味無いのでテザー建てでやる。

最初は低レバで入り、プラスが確定し大局がが見えてきたらレバレッジを上げロットを増やす。

これで数百万は取れた。その為にはテザーを準備しておく必要もある。

 

アビトラする為に海外取引所も複数開けておく必要もある。

送受信の不可のチェックも細目に情報を取る必要がある。

送信出来ないが受信は出来る状況も踏まえてウォレットに移しておくのも有効かもしれない。

取り引きできるDEXを調べておく。

利確の指値もとんでもなく高い所においてクジラの成行きにひょっとしたら刺さる可能性も残しておく。

指値は乖離しすぎると設定できなくなる為、設定したら解除はNG。

変なところで回転して枚数増やそうとすると失敗するのでだまって放置しおておく。

大底までたどりついて価格がとまったらそこで大量に仕込む。これは相当難しいが。

 

年一あるか無いかの大勝負になる可能性があるので、情報収集がすべてだと思う。

イーロン、CZなどの大物のツイッターを見ておく必要がある。

かなりの損失を出したが、だいぶ勉強になった。

 

 

 

 

 

 

 

今回の損失でやる気を失ったので、とにかく今の気持ちを忘れないよう何かの形で文章に残そうと思った。

ここから復活する!という気持ちを忘れないよう与沢さんや青汁の話でも見てみようかと思う。

 

ツイッター、FBなどでは短文すぎ、エクセルに書いてるだけでは保存性が無いのでブログを開設しようと思いつく。

当然やったことないので手探りで始める。

 

やってみると意外と筆が進む。

昔から文章を書くのは好きだったので、新たな生きる糧の一つが出来たかもしれない。

昔は1995年に浪人してふさぎ込んでいる時期に「浪人記」という日記をノートにつけていた。

今残っていたら見返してみたいが当然保存されていない。

だからこれも見返し様に作成している。

 

他人に見られ事を前提に書いているのでは無く、収益化とかもちろん全く考えていないが、

書いているうちに人に見られる事も想定した表現になってしまう事に気づく。

日記とは他人に見られる事を前提して書いたときにその本質的価値を失うという話を聞いたことがあるが、

これは日記では無く徒然草みたいな感じでやっていきたい。

 

だが見られた事を想定して個人名は極力控えて記載する

おそらく知り合いに公開することはしないので私の知り合いがこれを見ているという事は私は既に●んでいる時かもしれない。

それか資産がATHして有頂天になっているかのどちらかだろう。

ストップロスの変更が数分遅れた為ロスカットしたことに苛立ちを覚え、もう一度エントリーを試みる。

総資産の計算をしたら1000あるか無いか。

元金は500~600位でそこから退職金の500を追加しているので完全に振り出しに戻った。

ピーク時は4000あるかどうか、年初は3000あるかくらいだったので今年だけで2000は持っていかれている。

だが昨年利確していたらそれこそ税金で半分持っていかれるので、結局は同じだったと思い気持ちを落ち着かせる。

 

成り行きで28000台で入り、ストップロスを変更しようとしていた27250に置く。

同様にイーサも1925にストップロスを置く。合計80000位の玉なので、このまま窓埋めを狙う。

 

ストップロスの変更が遅れそのまま担ぎ挙げられたのなら耐えられないが、

この玉が切られたのなら諦めもつく。

 

気持ちを落ち着かせてテストステロンを増やそうとゴルフ練習場→銭湯→くら寿司の予定を立てる。

だが、チャートを見ない時間を作る事が出来ない。

 

ゴルフリゾートで練習中にBTC、イーサ共に切られる。

損失がさらに増え20年8月の暑かった日を思い出す。これ以上のエントリーは危険だ。

BYBITの資産は600を切っていた。

あわててレバ10位で全額ヘッジショートを取る。この600は死守しなければならない。

全額ヘッジすれば上がっても下がっても600は守れる

 

ゴルフリゾートの駐車場でチャートを見守る。ここでセリクラが来たら20000が見える。

ショート系のYOUTUBERが20000やら13000やらを見ている事も頭をよぎる。

何よりLUNA、USTの件が業界全体に影を落とし、このまま規制で長期的に終わるのではという感覚が強い。

 

ここはセリクラを期待する。下髭でショート利確し枚数を増やしから上がってくるのを待つ。

一番良くないのはショートが担がれて枚数が減って額が維持するパターンで、今後の伸びが期待できなくなる。

これは年末の税金調整のタイミングでやろうと思う。

 

27000以下のリバが強くセリクラは起きそうにないと感じ、建値決済で580は残ると判断しくら寿司へ。

だが建値を切って27500をつけてから落下。

5~6皿でくら寿司を撤収。全くのどを通らない。

レジで楽天ペイで決済しようとするが手が震えやり直し店員を呼ぶ。

駐車場で25000台を見る。この辺りが一番やばかった。

27000まで戻ったのを見て帰宅。

いつもはYOUTUBEで情報をチェックするのだが何もする気が起きない。

就職活動でもするかと思うようになる。

 

 

 

 

精神的動揺から5/8~10とスロットを打たずに引きこもっていた。

外の空気を吸う意味もありキクヤに打ちにいくが、バーサスのREGの目押しが全くできず早期撤退。

2万ほど勝つがうれしくも何ともない。

31800辺りに抵抗があるようだが何となく反発してきている期待を感じる。

 

CPIをライブ中継で祈るように見守る。

31000位で迎える。

原油価格は3月の方が高いので、4月は若干低いと期待を寄せる。

だか対策も始まっていない4月に大幅に下がる可能性は無く、同じくらいの水準が出るはず。

ただ悲観は織り込んでいる為、またこれ以降は6月まで大きなファンダも無いのでここが乗り越え時である。

ナスダウともに年初来安値、FEAR&GREEDも10付近、悲観は買えの局面に来ていると判断していた。

だがデットキャットバウンスがまだ来ていないので、本当の底はまだ来ていない気がしていた。

 

CPIの結果は

予想8.1

結果8.3

 

終わった。この瞬間に切る選択肢もあった。だが出来なかった。

ナスダウの反応も早い。31000から29000まで早かった。

 

ストップロスを

BTC28250

イーサ2020

に決めてチャートから離れるが眠れない。

気持ちを落ち着かせようと携帯を手放して散歩をする。

過去に20年11月にロスカットして絶望の淵で車で呆然としていた笑顔の湯の跡地を訪れ、過去の気持ちを思い出しあの頃よりはまだマシじゃないかと気持ちを落ち着かせる。

 

車で寝ようとするが眠れない。

テレ東の朝のビジネス番組で29000台である事を知り、

ストップロスを

BTC27250

イーサ1950

まで下げようと思い気合を入れてPCと向き合う。

だが玉は切られていた。数分遅かった。

反発が始まり30000を目指していた。

携帯を投げつけた。

このあたりはあまり記憶が無い。朝の6時か7時くらいか。

1月以上のストレスの日々から解放され眠れるかと思いきや、大して眠れなかった。

上島の件や飯伏のツイートの件もあり閉塞感が高まり将来への不安が大きくなる。

 

 

 

 

 

 

 

5月の不安材料は3つあった。

 

5/4FOMCパウエル会見

5/9ロシア戦勝記念日

5/11CPI

 

この3つの間で乱高下するが、3つ出尽くしてから上昇と踏んでいた。

だが一旦プラスに転じたら利確予定であった。

BTCは41000

イーサは3050

くらいが助かるラインだった。

BTCあと3000~4000で助かる予定だが、遠かった。

先にイーサが助かったらイーサを逃がし、3000以下からイーサのナンピンをする予定だった。

 

FOMCまではマイナスは最大で200位であり、100を超えてからは早かった。

DOTPADのIDOも延期になりブルージラの暴落も続き、HGHGは上場の話が延期になりストレスはさらに溜まった。

 

FOMCとパウエル会見は無風に終わり回復したが40000タッチでじり下げした。

5/5のゴルフはストレスも少なく楽しめた。

 

なぜか5/6に地合いが変わり、目が覚めたら急遽36000台で週末を迎えた。

最近はCME窓埋めの潜在意識が高く、週末じり下げからの月曜AM6時くらいから窓埋めに向かうパターンが多く今回もこれかと思った。

 

だが今回の週末は雰囲気が違い34000まで下げて戦勝記念日を迎える。

プーチンの発言次第でセリクラが来る可能性があり、LIVE中継で戦勝記念パレードを見守る。

テトリスのBGMが流れ、幼少期のくにおくんのドッジボールのモルドフが好きだった事を思い出す。

昔の事を思い出すとひょっとしたらここで人生が変わる可能性がある事を感じ恐怖が増す。

 

年初来安値の32900もあっさり割る。

ここも逃げ時だった。

 

次は30000ドルのサポートは固いだろうと思い、

①30000ドルの手前で折り返すパターン

②30000ドル割って29000前半で折り返すパターン

③昨年安値の28900付近で折り返すパターン

を想定した。

 

いずれにしても昨年5月のセリクラから7月の底打ちまで2か月くらいかかったが、その間に40000までの上下は何度かしているので、その過程で36000までは戻る希望を持っていた。

損益ラインは

BTC37500

イーサ2700

位になっていた。

 

窓埋めは1週間以内にしないと長期ドレンドが出る。

2020年7月にゴルフをしながら9500くらいの窓埋め狙いでショートしてゴルフ中に5万くらい損失しドテンでロングして回収した。この窓はたぶんまだ閉まっていない。

2021年7月にオリンピック上昇で33000付近に空いていた窓は2022年1月まで閉まらずその間2回ATHした。

2021年12月に53000辺りで空いた窓はまだ閉まっておらず、半年かかっている。

今週埋めないと危ない。

 

ストップロスを

BTC28500

イーサ2020

位に置き、全滅を回避する作戦にする。

決済されれば資金は半滅。

CPIを迎える。

 

 

 

 

 

 

 

 

2022年はしばらくポジらない予定だったが、早めに落ちてきた&年末にアルト清算しきっていたので入りどころを探していた。

 

1月に恐怖を味わってからは慎重になり、ウクライナの件もあり少額で小幅の利益を取っていた。

2月、3月はコツコツドカンのコツコツを繰り返した。

ブルージラのIDO銘柄をナンピンしてティアを上げたが、IDOバブルは既に終わっていた。

2021年秋に乗れていなかった時点で負けだった。

HGHGの下落もかなりストレスになっていた。年初0.16位で、期待上げの事実売りを繰り返していたので売り場はいくらでもあった。

 

今年は税金清算の年にしようという気持ちになり、年初来資産にはもう戻らないだろうと思った。

 

3月のFOMC後に上げた事により、1月のFOMCと同じパターンが出た。

FOMC前の週末から下がり始め、月曜に底をつけ10000近く上げた。

次のFOMCも同じパターンがでるかなと思い始めた。

 

37500からのお宝ロングは40000付近でストップロスをくらい、

イーサは2500から入ると思っていたが入りそびれ、1000上昇を指をくわえて見送った。

この辺りは2021年秋に43000~ATHまで入れなかった経緯に似ている。

 

落ちてきたら値ごろで入ろうと思い、

45000のレジサポは固いと信じて4/1にアミューズでバーサスを打ちながら入った。

イーサは同時に入らず、BTCが垂れてきたら時間差で入ろうと思っていた。

4/7辺りから含み損になり、42000のサポート辺りと40000辺りでナンピンを強くした。

昨年9月に40000を底にした事もあり、1~3月も30000台は結果として買い場になったので40000は固いと思っていた。

同様に昨年9月&10月に現れた新月トレンド満月頂点を信じて18日辺りから反転と信じた。

 

長く玉を持っていたことでストレスも溜まっていった。

だが1月の教訓を生かして玉量はあまり増やさなかった。

4/21に反転のチャンスがあり、2週間ぶりに含み益に転じるも深夜のパウエル会見で急落した。

1月に逆転後チキン利確でお宝を逃した事もあり、ここから建値の45000くらいまでは持つつもりだった。

FOMCはノーポジで迎えたかったが、ここを乗り切れば悪材料出尽くしかと思った。

 

月足が最悪の形で終わり不安が募ったが、週足陰線が続きすぎでありそろそろ反転だろと思った。

1~3まで最安値を切り上げており、37500は切らないだろうと思っていた。

この辺が損切りポイントあった。

 

憂鬱な5月が始まった。

 

 

 

 

90年代のお笑いが好きだったので上島の件はショックだった。

ゴルフリゾートの駐車場でケツメイシのPVを見て涙が出た。

今過去一将来の不安に駆られている。

後日これを見てこんな日もあったなと思えるように記載する。

何が原因だったかを研究する。

 

21年10月に会社を辞めた際はBTCは43000位だった。

9月に地合いが悪かったが枚数を増やし総資産は1300位だった気がする。

BTCは1枚+アルファ

イーサは15枚くらいか

退職金が年末から500入る事もあり数年は何とかなるだろうと思っていた。

 

10月はほぼノーポジ現物だったかがあれよあれよと上昇した。

ともえのハナビで負けた日あたりに50000を超えた

幕張海岸の説明会に行って最後のスーツを着た日に60000を超えた

マルハン習志野でのり打ちした日あたりにATHした。満月周辺だったと思う。

思えば7月にマルハン習志野に行った日は底打ちの日だった。

ともにメガテンで21日だから習志野に行ったのであろう。

 

一旦60000を割ったがポジらず凝視していた。

どこかで入ろうとは思っていたが、今思えば43000~ATHまで一度も入れなかった時点で負けている。

 

11月に浜松の友人の家に車で遊びに行った日に再びATHした。

OMGのエア泥でヘッジショート入れていたが切られ、OMGの逃げ時もミスって両面損失した。0.5イーサ位消えた。

大した損失ではないが、当時は兜の尾を絞める気持ちが強かった。

浜松のパチ屋でOMGを取引したイーサのガス代損失もやばかった。

HGHGが暴騰していたが、税金を考慮して翌年に決済しようと思っていたら1000損失した。

 

12月に123でディスクアップを打っている際に暴落した。

目のまで落ちているの見て過呼吸気味になり車に退避した。

50000割れから42000付近までセリクラが発生し下髭でとっさに成り行きで注文を入れ玉を下げた。

47000位までリバッたから良いようなものの、今思えば危険な行為だった。

7月に123でディスクアップを打っている際も3000くらいのじわ下げを淡々と見ていた経緯があり、パチ屋と相場の因果性を意識するようになる。

やすだのグランドオープンに並んでいるころ建値まで戻った。

 

2021年は12月のFOMC後にATHを付けたが2022は12月のATHはしなかった。

BTCがATHしたあとイーサがATHして、BTCは垂れているがイーサは粘っていた。

思えば4月にBTCがATHしてその後5月にイーサがATHした展開に似ている。

イーサ/BTCが0.08を超えていたのも危険な兆候であった。

 

上野で飲みにいった後そのまま三重に向かい、途中の新幹線で税金を計算しながら部分利確した。

タイキでオールナイトでディスクアップを打ちながらGMOで2021年のプラス分を一旦JPYにした。

オールナイトで7万負けてスーパー銭湯に泊まって新年が始まった。

クソみたいな生活をしているという謎の充実感があった。

 

 

3回目は22年1月

 

2021年とは地合いが違う事にまだ気づいていなかった。

年初からの下落でポジを持っていたが、苦しみながらも一度は助かった玉を全利確はせず、

寝差しをしなかった為朝起きたら暴落していた。

 

FOMCまで耐えれば助かると思いナンピンしていき、気づけば追玉が出来ないほど突っ込んでいた。

123の日に打ちに行こうかと思っていたが体が動かず、一日中チャートに張り付く日が数日続いた。

BYBITの全財産を失うかもしれないという恐怖で体が震え、部屋の中をフラフラと歩いていた。

 

ストップロスを置いていたが、近づくと下げ、近づくと下げを繰り返し現実逃避していた。

ついにチャートが見られなくなり、ストップロスをこれ以上下げない事を決めて目を背けた。

しばらくしてチャートを見ると助かっておりリバが始まっていた。

ストップロスを下げていなければ決済されているギリギリでBTC、イーサ共に助かった。

 

奇跡のような展開に安堵した。

FOMCが無風でプラス領域にさしかかり、一部利確しここからはプラスを伸ばすという意識になったが、

パウエルの会見で一気にマイナスに戻った。

 

一旦建値で切っておけば良かったのだが、欲を搔いた。

再度ストップロスを決めてチャートを見るのをやめて寝た。

BTCは助かったがイーサはほんの数ドル差でピッタリ切られていた。約5イーサ失った。

マイナス自体は大きなものでは無かったが、感じた恐怖感は最大級であった。

安堵も最大級だった。終わったかもしれないという人生が繋がったという救いであった。

 

だがその後北京オリンピックで相場は大回復・・・

あの時切ってなければ大爆益だったのでは、という後悔に代わってしまい、それが今回の悲劇を招く結果に至った。

 

2回目は20年11月

 

この頃は現物はほぼ持たずGMOでJPY建てのレバ4でやっていた。

地合いが良かった事もあり、多少の含み損になってもすぐ戻ってくることが多く、

毎回10~20の含み損から10~20の含み益に転じて利確していた。

 

ゴルフの帰りに富里かどこかのICでポジってGMOのメンテ時間に合わせて暴落して、

メンテ終了後に回復したのを吉野家の駐車場で見届けた。

キクヤでニューシオサイの⑥を打って不発だった夜に暴落して、

翌日アミューズのバーサスを打ってる頃回復して利確した。

買い物中に含み損を抱えて幕張のアウトレットを彷徨ったがその日のうちに戻った。

 

綱渡りを繰り返していたが、危機を乗り越えたあとの安堵の感覚が癖になっていた気がする。

夏に抱えたマイナスもようやく±0になりそうなタイミングであり気持ちが大きくなっていた。

 

月末の24か25日、出勤前に持っていたポジションが急落し30のマイナスを抱えながら勤務していた。

ナンピンするが助かる気配がなく、先に入れていたポジションからロスカットしだした。

社員との会話もうわの空で話がまったく入って来なく、大丈夫ですかと心配された。

GMOは板が薄く、BTC180万~140万位まで一気に貫通して全ての玉が消された。

これが無ければ助かっており、GMOのカスタマーサービスに問い合わせたが当然保障などはなかった。

深夜にすきやで震えながら飯を食った。残っていた僅かなイーサの玉を切って現物を買った。結果としてこの現物が後々大夫役に立った。

±0から一気に資金は半分になった。年末20000ドル!が囁かれていた頃のつまづきであった。

 

 

 

 

 

過去に人生の終わりを感じさせるロスカットは3回ある。

 

1回目は20年8月

BYBITのやり方を覚えてハイレバ中毒となり、

当時のレートで1.8BTCをGETして有頂天になるが翌日に全て溶かした。

 

目の前でポジションが消えていくのを初めて体験した。

勤務中にポジって閉店後ロスカット後にうわの空で試打ちをした。深夜2時くらい。

1コース奥の甘海だった気がする。

 

翌日は休みだったのでアミューズに打ちに行ったが、全く集中出来ず、

適当にまたポジって即溶かしを繰り返して負債を増やした。

自転車で帰宅したが真夏だった事もあり体が火照って朦朧とした。

帰りにファミマでアイスを買って外のベンチで食べながらずっとチャートを見ていた。