ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて
気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか
苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし
初心消えかかるのを
暮らしのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった
駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄
自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ
この詩、めっちゃ好き。
この詩の意味は自分の感受性
いわば性格とかを何もかも
他人、環境、色々な事のせいに
して自分を見失ってる人への詩
この詩を読んでからすごい世界観が
変わった。
大学で授業をサボってる友達をみて
サボってみたり、
バイトで仕事が上手くいかない事を
他人、客のせいにしたり、
恋愛が上手くいかないことを
恋人のせいにしてみたり、
そんな人だった。
自分はいたって普通。
周りが周りがって言ってた。
家庭が貧しくって周りが羨ましく
なって親にあたってみたり
こんな貧しい心しか持ってなかった。
でも実際は全部自分が悪かった。
周りに流されてたのも自分。
仕事が出来ないのを他人のせいに
してたのも自分。
恋人を愛する事を忘れてたのも
自分。
周りを羨んで今ある幸せに
気づけなかったのも自分。
全部、自分のせいなんだ。
この詩を読んだ当時、
付き合ってた人がいて
すげえわがまま言いたい放題だった
何かあると気に食わねーって言って
怒ってた。会いたいって言っても
金ないっつって会おうとも
しなかった。
その時の俺は、コイツも運命の人じゃ
ないなって思って別れた。
でも別れたあとにきづいたんだ。
合わない事を理由に3人フった。
でも最初は楽しくって好きだった。
ただ欠点が見え始めて
俺が勝手に違うっておもっちゃった
だけなんだ。
きっと俺が我慢出来たら今も続いてる
と思う。自分と全部同じ、全部合って
る、そんな人世界中探したって何処に
いるわけないのに。
理想が理想がって餓鬼だったのは
自分だった。
愛されてた事にも気づかずに。
今はどんな人でも相手と自分が
お互いの性格を理解して
受け入れてあげたらって思ってる
自分を曲げる事と好きな人のために
我慢すること
そんな思いやりが今大事だと
思ってる。
それが大人なのか知らないし
正しいなんて知らないけど
恋愛にどうしたら続くとか
普通とかないと思ってる
俺はお互い好きであるなら
それでいいと思ってるし
純粋に両思いであり続けるなら
ケンカしても仲直りを繰り返せば
いいと思うし。
考え餓鬼だとか恋愛で勝ち負けとか
駆け引きだとかそんなん言われるの
本当めんどくさい。他人なら
ほっといてもらいたいし
お互い好きでその気持ちだけで
十分だと思う。住んでる環境がとか
年齢がとか仕事がどうとか
言い訳でしかない。
道明寺はあんなセレブリティな
生活を捨ててまで牧野のトコに
行ったんだから(笑)
それでもまだ言い訳するようなら
それはもう気になる、意識してる
程度の気持ち
なんだと思う。
好きなのに行動におこせない
それは好きだけど何かに犠牲に
するまでじゃない程度の気持ち
なんだと思う。
まあ一概には言えないけど。
自分の下手さを知りて一歩
お互い自分の事を棚にあげてあげあし
とってたらいたちごっこだよ。
悪い方向にいくだけ
どちらかが折れるんじゃなくて
どっちも折れなきゃ
きっと何かにつけてイライラ
するのはもう好きじゃないから
もう存在がうざいんだと思う。
それは俺にはどうすることも
出来ない。イライラしてるのは
俺じゃないから。
好きじゃないなら仕方ないと
思う。俺だけ好きじゃ付き合ってる
ことにならないから。