みなさん、こんにちは、諒です。
いつも挨拶してますけど、こんなしょうもないブログを見てくれている人なんているのだろうか。なんて、更にしょうもないことを考えながら更新しています。
今回のテーマは「家族」。読む人にとっては、かなりヘビーな話かもしれません。実際、私も書いていて重く感じます。
だからこそ、他人にはなかなか話せないからこそ、ブログという形で気持ちを発信しようと思いました。
読んでいて不快だな、キツイな、これは違うんじゃないか。いろんな意見があるでしょう。私もそれを覚悟の上でつらつらと述べているわけで。
こんな私の記事を読んでくださる方に感謝して、本題に入らせていただこうと思います。
さて、みなさん、「家族」ってなんだか考えたことはありますか?
みなさんには「家族」と呼べる人がいますか? その人たちのことを大切に思えていますか?
そもそも家族と検索すると、大体の人は「同じ家に住み生活を共にする、配偶者および血縁の人々。」という説明文を目にされるかと思います(検索結果から引用させていただきました)
みなさんにとって、配偶者及び血縁の人々とは?
親、兄弟、妻、夫、子ども…。
挙げ始めたらキリがないですよね。
質問を変えましょう。
「あなたは今の家族といることで幸せを感じられていますか?」
私の答えを先に出させていただきますと、「No」です。そもそも幸せを感じられていたらメンタルクリニックなんて通っていませんからね(笑)
私の家庭は母親が世間一般で言われる過保護、父親が放任主義という中途半端な檻の中で生活してきました。
今は「授かり婚」なんて私にとったら都合の良い言葉がありますが、当時私が言われていたことは「できちゃった婚」によって「できちゃった子ども」でした。
できちゃった中で育ち、いじめを受け、父親からは愛されず、母親に檻の中に閉じ込められてずっと生きてきました。
私は過保護なんて言葉は使いません。なぜなら、母親は「私のことが心配」という気持ちよりも「夫がいる環境下で娘がいないと生きていけない」という依存心を抱かれているからです。
愛情と依存は全くの別物です。
気づいた頃には、私は世間体を気にして離婚に踏み切れない母親の盾代わりになっていたのです。
それではもう一つ。親が欠けている環境はかわいそうだと思いますか?
両親がいても、その親に愛されなかったら? 一番安心できる環境であるべきはずの家庭が一番居心地が悪い場所だったら?
それでも、片親の子どもをかわいそうだと言い切れますか?
私は父方の祖母に、「諒は親が離婚したら悲しいでしょ? 父親がいなくなったらいやでしょ?」と価値観を押し付けられたことがあります。
その時私はただ涙を流すだけで何も言い返せませんでした。
今思えば、あの時自分の気持ちをはっきりと言えていたらもう少し環境は変わっていたのかもしれない、と少し後悔しています。
愛情を注いでくれない父親なんていらない。こんな崩壊している家庭にいたくない。
先日、直接母親に「父親がいるから幸せだなんて思ったことない。この家にいて私は幸せだとは思えない」とはっきり言いました。
母親は「それに関しては申し訳ない」と返しただけでした。
何度か離婚話になった時、父親も私に向かって「申し訳ない」と言いました。
なんで申し訳なく思われているんだろう。
私、なんで申し訳なく思われながら、居たくもない家にいるんだろう。
私、なんで生きてるんだろう。なんで生まれてきたんだろう。
一気にそんな気持ちが押し寄せてきたのです。
そんな状態で感情に任せてつらつらと文章を打ってきたわけですが、結局自分が何が言いたいのかわからなくなってきたのでここら辺で少し落ち着けたいと思います。
ただ、もしここまで読んでくださった方がいたならば、私が今回記事でみなさんに問いかけた質問を考えてみてくださると嬉しいです。そして、その答えを是非、誰かと共有してみてください。
こんな拙い文章を最後まで読んでいただきありがとうございました。
私は今日も死にたい気持ちは消えないけれど、小さな幸せを感じられるために自らの意思で生きています。
今日も素敵なあなたでいてね。
