左膝前十字靱帯断裂。

6月11日にフットサルしてて、浮いたボール蹴ってその足を着いたら靱帯切れた。

まったく立ち上がれず救急車で運ばれー

次の日あらためて病院行ったら早く処置したほうがいいから今日から入院できるかってことで

職場と相談。

検査のための手術じゃけん2、3日あれば退院できるって聞いたんで、その日に入院して翌日関節鏡の手術。

カメラ入れて見てみたら靱帯が完全に切れてるとのこと。

そしたら今回は検査の手術じゃけど、このまま切れた靱帯をつなぐこともできる、もしするなら早くしないと間に合わない、どうするかって聞かれる。

手術台の上に寝た状態で。

さすがによく考える時間はなくて、「今ここで判断を求めるのか?」って思ったけど、とにかく時間はかかってもいいから治った時に一番いい処置をしてくれ、またサッカーやフットサルが全力でできるように治したいってのはしっかり伝えた。

そしたら元からある腱で治すのが一番いいから、このまま靱帯をつなぐ手術をしようってことになった。再建手術って手もあるけど、それだと腱を持ってきた他の部分が弱くなるって言われたし、もし再建手術だったら時間を置いてからでもできるから、今しかできないこの治療法をやってみようって言われた。

まぁその時は膝の治療に関する知識なんかまったくないし、ちゃんとサッカーやフットサルができるように治してほしいってことも伝えたうえでの返答だったから、先生の言うことに従うことにした。

手術してからは膝の痛みが尋常じゃなくて夜も眠れないくらい。数日たつとだんだんとマシになってきて、1週間後に退院。

隊員の次の日からは松葉杖をつきながらだけど仕事に復帰して、1か月半後にギプスが補装具になった。


補装具をつけてさらに3週間ほどたったころ、最初はもうこれぐらいたてば歩けるようになるかなーっと思ってたけど、その気配はまったくなし。

それどころか、痛みはあるし腫れは残ってるし、何より膝がグラグラすぎてまったく力が入らない。

おかしいなと思いつつ、これからの治療のためにいろんな本やHPを見ていると、どこをみたって「前十字靱帯断裂の際は再建手術が必要」「靱帯を繋いでも絶対治らない」って言葉ばかり。

結局不安になって違う病院に行ってみると、案の定「このままじゃあ100パーセント治らない」とのこと。

さらには、「いまこんな処置をする病院はない」「前十字靱帯断裂の際に再建手術することは常識」と言われ、ちゃんと治すにはもう一度1から処置をしなおさなければいけないとのこと。

もっかい手術ってのは気持ちが重たくなったけど、正直「やっぱりな」ってかんじで逆にすっきりしたほうが大きかった。

ここからはもう、以前の病院には「近くの病院にかわります」と伝えて新しい病院へと通い始めた。

とりあえずはもう一度関節鏡の手術をして内部の状況を再確認。

やっぱりというかなんというか、すでに繋いだ靱帯が切れかかっているということで、再手術確定。

そして現在は手術まで筋肉を落とさないようにリハビリ中です。




ってのが怪我してから今までの流れー。

記録も兼ねてざざっと書いてみた。

来月にはいよいよ再建手術することに決まったんで、そっから最低1か月入院してサッカーやフットサルに復帰するには約1年。

なげーなぁーっておもうけど、それで完治するんなら我慢するしかないね。

20代のバリバリ動ける時期に2シーズン棒に振るってのは正直痛すぎるけど、こっから復活してまた選抜入ったり岡山県で優勝できたらかっこいいよね。

選手生命に関わる怪我から復活!みたいな。笑


絶対やるから。やってやる。
怪我なんか今までにも何回もやってるから。絶対こんなとこであきらめない。
岡山県で一番のキーパーになるから。




ってこんな誰もみてないところで宣言しとく。笑








だいぶ放置してましたこのブログ。


1年半もあいとったんじゃな。


1年半もあったらほんまにいろんなことがあったなぁ。



就活したり彼女できたり部活休部したり学童保育のアルバイトしたり就職決まったり母方のじーちゃん亡くなったり卒論書いたり、、、、、



まぁ当然のごとく書ききらんしさらっと流すようなもんじゃないこともあるけどそれはのちのちということで。


もともとあんまり人に教えてなかったしこんだけ間もあいたけん今さら見とる人もほとんどおらんじゃろうってことでmixiよりはいろんなことが書けるんじゃないかなぁって思ってます。

mixiは人が増えすぎた(笑)



ってことでもしまだ見てくれよる人がおったらこれからはちょこちょこ書いていくようにするけんよろしくお願いします。







あ、そういえばtwitterもやってるんでもし興味があったらryryryryryoを探してみて。

facebookにもいます。



今日からちょうど1ヶ月前。




大好きだったばーちゃんが亡くなりました。




1年3ヶ月の入院ののちでした。




亡くなる数日前から容態はよくなかったらしいけど




僕は大事な大会があったので岡山に帰ることができませんでした。




もちろんどうしても駄目なようなら何が何でも帰ろうと思っていました。




けどその間、ばーちゃんは頑張ってくれました。




何度も今夜が山だと言われながら乗り越えてくれました。




そして僕が大会を終えてそのまま病院に行くと




僕が帰るのを待ってくれていたかのようにその3時間後に息を引き取りました。




ばーちゃんは僕が帰ってくるのを待ってくれてました。




もう、ありがとう、としか言えませんでした。




そしてもう一つ。
ばーちゃんが亡くなった日はじーちゃんの誕生日でした。




ばーちゃんはじーちゃんの誕生日を一緒に迎えるまで頑張って生き続けたんです。




ばーちゃんはほんとにすごい人だと心底思いました。




本当に、この人がばーちゃんでよかった。この人の孫で本当に幸せだったと思いました。




ばーちゃんと過ごした日々を思い返すと




ほんとにきりがなくて




小さい頃の思い出からいくらでも鮮明に思い出せて




本当に楽しい思い出で。




何度も言うけど僕は本当に幸せでした。




ここだけの話じゃけど




僕は大学を出たら地元で就職して毎日ばーちゃんに会いに行こうと思っていました。




もうそれはできなくなってしまったけど




ばーちゃんはきっとずっと僕ら家族のことを見てくれていると思うので




ばーちゃんが天国で自慢できる孫になるように




これから頑張っていきたいと思います。




葬式のときは、一番つらいのはじーちゃんでありおとんであって、みんなつらいのに頑張ってるんだから絶対に泣くまいと思ってたのにばーちゃんの顔見たらやっぱりダメで。



今もこうしていろんなこと思い出しながら書いててもやっぱりつらいけど。




いつまでも悲しんでたらばーちゃんが心配するんで前を向いて頑張りたいと思います。






ばーちゃん!

俺頑張るけんな!

なんぼでも自慢できるような孫になるけんな!見といてな!

ばーちゃんはいつまでたっても俺の自慢のばーちゃんじゃけんな!

大好きじゃで!

ほんまに

ほんまに

ありがとう!