私は小さな頃からJWでしたが、聖書の知識はほぼありません。
マジメに勉強したこともなければ、聖書通読も最後までしたことないです。
今は知りませんが昔は聖書通読用のぬりえまでありましたね。
いつも創世記から始まり、けっこう最初の部分で挫折し、また創世記から読み始めまた挫折…と繰り返したので創世記は何回も読みました笑
そんなことより、JW内で姦淫というと、結婚外の「仲良し」だと教えられました。
だけど聖書には姦淫は禁止されてるものの、姦淫とはなんぞや…て説明ないよね?
他の方達のブログを読んでるうちにふと姦淫とは…と疑問が湧いたので検索ボタンをポチッと押すと
トップにウィキペディアが出てきました。
そこにはびっくり、私にとってはですが…
衝撃的な記述が…
旧約聖書に神がモーセに与えられたと書かれてある十戒で「姦淫してはならない」と命じられている。旧約の司法律法の規定では姦淫の罪に死刑が定められており、処女でない女性、男女の不倫、男性同性愛は死刑である[1]。司法律法の現代適用については議論があり[2]、キリスト教再建主義では姦淫に対する処罰規定の適用が主張されている[3][4][5]。
新約聖書においては、「姦淫」に関して矛盾した叙述がある。すなわち、マタイ書およびヨハネ書における以下の相反する記述が、両者ともナザレのイエスの発言とされている。マタイ書では、十戒に基づきつつ、新たに配偶者以外の者への性的関心、および自慰行為が、「地獄に堕ちる罪」として絶対的に重視されている。対して、ヨハネ書では、姦淫に対する寛容が主張され、姦淫の禁止は、許される比較的軽微な戒律として相対化されている。また、ナザレのイエスがレビ記および申命記にある律法[6][7]を否定し、死刑を姦淫より大きな罪と見なしていたと、福音記者ヨハネはイエスの「言行」を挙げて主張する。
そしてマタイ5:27-30とヨハネ8:3-11の比較…
確かにマタイの記述はよくJW出版物でも見たけど…。
情欲をいだいて女を見る者は、心の中ですでに姦淫をした
とか
もしあなたの右の手が罪を犯させるなら、それを切って捨てなさい。五体の一部を失っても、全身が地獄に落ち込まない方が、あなたにとって益である。
とか。
でもヨハネ書では…
すると、律法学者たちやパリサイ人たちが、姦淫をしている時につかまえられた女をひっぱってきて、中に立たせた上、イエスに言った、ヨハネ8:4 - 「先生、この女は姦淫の場でつかまえられました。ヨハネ 8:5 - モーセは律法の中で、こういう女を石で打ち殺せと命じましたが、あなたはどう思いますか」。彼らが問い続けるので、イエスは身を起して彼らに言われた、「あなたがたの中で罪のない者が、まずこの女に石を投げつけるがよい」。ヨハネ 8:9 - これを聞くと、彼らは年寄から始めて、ひとりびとり出て行き、ついに、イエスだけになり、女は中にいたまま残された。ヨハネ 8:10 - そこでイエスは身を起して女に言われた、「女よ、みんなはどこにいるか。あなたを罰する者はなかったのか」。ヨハネ 8:11 - 女は言った、「主よ、だれもございません」。イエスは言われた、「わたしもあなたを罰しない。お帰りなさい。今後はもう罪を犯さないように」。]
えぇ!!!こんな記述知らない!これに当てはめるとJWがやってること思いっきりイエスが聖書の中で否定してますけど!!
あんたら裁きまくって罰しまくってるやん!!
罪深い長老たちが、個人的な性生活にずかずな入ってきて、罰して、時には排斥して、無視してイジメて…!
この記述に現役たちはどう反応するんですか??
ポチッと検索して一発ででてくること、私は15年近くやってたJWで、知りませんでした!
何を学ばされていたのでしょうね…