僕の最高の理想は、
この曲にはこのギターしかあり得ない!
と言わせることだ。
これはもう、最高の褒め言葉だと思うんだ。
今聴いてる音楽と、
演奏したギターが一体化している感覚。
ボーカリストの気持ちとユニゾンしている。
その曲を作った人が出したかった雰囲気、気持ち、リズム、全てを叶えている。
自分がもし弾けない楽器を弾けたらこういう風にするだろう。
それをあなたがやってくれてる。
想像以上だ。
こう言われたとして、
これ以上の幸せがあるのか?
自分が音楽として、作品として流れている。
素晴らしく感動出来る音楽に、
自分で弾いたギターが聴こえてくることで更に音楽の質が上がる感覚。
あ、これだな。
3秒で納得してしまうクオリティ。
自分というを出すのではなく、
ストーリーのキャラクターのように。
役者のように、なんにでもなり切れるように。
そんなギタリストになれたとしたら、
どれだけ楽しくなることか。
想像するだけで楽しくなる。
今すぐギターが弾きたくなる。
もっと曲をよくしたい。
この曲にはこのギターしかありえない。
ぴったりハマらせる。
ただ、そこまでの道のりは限りなく険しく、
果てしない。
僕が勝手に敬愛している日本を代表するスタジオミュージシャン 、ギタリストの梶原順はこう言っていた。
大きく分けてギタリストには何にでも対応できるマルチタイプと、自分のセンスを信じて自分を出せる自己主張タイプの2種類がいる、と。
梶原氏は前者のタイプで、なんでも対応できるタイプだったそうです。
彼には輝かしい経歴がある。
speedや角松バンド、数多の有名アーティストのレコーディングorライブをこなし、名演を今尚も残している。
しかし面白いのが、梶原氏は後者の自己主張タイプに憧れていたというところだ。
ある日梶原氏は先輩ギタリストにこう言われたらしい。
君って言う特徴がない。
ないものねだり、隣の芝生は青く見える。
いろんな言い方はあるけれど、
当時の彼は相当に悩んだらしい。
(引用:1年後、理想のギタリストになるため 梶原順)
僕は完全に自己主張型だ。
でも理想ではマルチになりたがってる。
曲のためなら自分の人格なんてなくて良い。
その役になりたい。
その曲になりたい。
どうすればいいんだろう?
最近は曲を弾いても何かハマらない。
もっと、いい弾き方がある気がしてならない。
納得できない。
もっともっと、良くなれる。
もっともっと、合うギターを弾けるはず。
難しい。
何にでもなれる役者は本当に凄い。
音楽役者になりたい。
