池田の食べかけのアイスを食べた辻敬子の場合

 

 “蒲田三羽烏”の一人・辻武寿。昭和二十九年頃の序列は、辻青年部長、牛田男子部長、池田参謀室長の順だった。(中略)


 辻副会長は、再婚した婦人の敬子さんのことでも学会内では陰口され、有名である。


 旧姓を鈴切敬子といい、池田のお気に入り女性の一人であった。辻との結婚が決まったあとも池田は一緒に連れ歩き、人前をかまわず「敬子、敬子」と呼び捨てにし、クツ下をはかせたり食べかけのアイスクリームを食べさせたりして、睦まじいことを誇示した。


 因みに、大橋敏雄代議士を除名処分にした統制委員長の鈴切康雄代議士は敬子の実兄。学会組織内部では「妹の七光で国会議員にしてもらえた」と評判になった。


 「先生から『学会組織を利用して遊んでいるね』と厳しく指導された。この先生の一言こそが、私の「生涯の支えになった」-----鈴切から辻姓へと変わつた後も「先生」への想いを捨てられない敬子が学会機関誌に寄せた告白である。

『スキャンダル・ウォッチング』110頁