昔から、「悟る」とか「悟りの境地に達する」などと言いますが、これってどんな意味でしょうか。
ちょっと想像してみると、「ハスの花の上で坐禅などしていて、微笑んでいて、全てお見通しの状態」みたいなイメージが浮かんでくるかもしれません。でも、本当のところ、どんな状態が悟った人なのでしょうか。
そもそも、悟った人など歴史上に居たのでしょうか。
何か特別な境界線があって、その向こう側は悟った状態みたいに、明確な区別はあるのでしょうか。それとも、徐々に覚醒、解脱してゆき、相対的により悟りの状態に近づくということでしょうか。
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人は、なぜ悟りを求めるのでしょうか。
それには、時代的な背景があるのでしょうか。たとえば、生活が苦しくて精神的に病み易いときには、悟りに対するあこがれが強くなるとかです。
それとも、悟りというのは、沢山ある価値観の内の一つであって、個人個人の性格によるのでしょうか。
悟りを求めるとは、どんなことでしょうか。それを知らない人が、はたして求められるものでしょうか。
色々な人の考える「悟り」は、本当に共通した概念なのでしょうか。それとも、人によって考えていることは、別々なのでしょうか。
考えてみると、「悟り」という漠然とした概念については、様々な疑問が湧いてきます。
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そこで、新しいシリーズを始める前に、皆さんに考えておいて頂きたいと思います。
皆さんの考える「悟り」とは、上記の沢山の疑問について、どんな回答になるでしょうか。
世間的になんとなく考えられているものでしょうか。それとも、あなた独自の考え方をお持ちでしょうか。
もしあなたが悟ったとしたら、それをどのように確かめることができるでしょうか。
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