①『正岡子規展ー病牀六尺の宇宙』
②根岸『子規庵』
③『第23回糸瓜寄席』
慶応3年(1867年)生まれの正岡子規は、今年生誕150年とのことで、3月から5月にかけ、神奈川近代文学館で記念の回顧展が催されました。これが面白くて見応えがあって、1回では展示が見きれず2回行きました。
四国・松山の武家に生まれ、東京の根岸で35才に満たない生涯を終える子規の人生を、遺品や数々の活躍・交流の跡を偲ぶ品々の展示を通じて回顧する内容でした。巻紙の手紙に残された、書の作品の様に美しい彼の青年期の筆跡が、業病の為に寝たきりの不自由な体になった後、次第に覚束無いものに変わっていく様子は、見ていてとても悲しかったです。それでもたぎるように熱い、何かを世のために成そうという情熱や、その向こうに見える無念な気持ちが感じられて、ボクは自省も感動も覚えました。
その後、日を改めて5月20日、三社祭のお神輿を待つ間に浅草から鶯谷に足を伸ばして、『子規庵』を訪ね、さらに感慨を深めました。
子規が生涯を終えた地に当時の家屋を模して建てられているのが『子規庵』ですが、駅から子規庵にいく道沿いに貼られている子規の句の数々を見て、子規も子規庵も町の皆さんに愛され、大切に守られている様子が感じられました。
さて、先週のことになりますが7月6日は、落語の会がその子規庵で開催されるとのことで、いそいそと出かけてまいりました。
軒先に糸瓜棚がある子規が書斎に使った部屋に、雨戸を閉めて高座をしつらえ、我々訪問者はそれに続く部屋に敷き詰められた座布団に座って噺を聴く、という一時間半程の会で、実に雰囲気があって密度が濃く、とても贅沢に感じた落語会でした。子規は寄席が好きで、同じ年に生まれ生涯交流が続いた漱石とは、知り合うきっかも共通の趣味も寄席通いであったとのことです。ですからその日は、部屋のどこかで子規も聴いて楽しんでいるのではないか?、とそんな思いにとらわれました。
演者と演題は、林家豆へいさんの『禁酒番屋』と、鈴々舎馬桜師匠の長講で『怪談牡丹燈籠』から『お露新三郎』の件の二席でした
『禁酒番屋』は、小学生の時に親が初めて寄席に連れて行ってくれた時に聞き覚えた、ボクには嬉しい噺です。夏の夜に、既にこの世の者ではなくなっているお露が、牡丹燈籠の灯りに導かれ、下駄の音をカランコロンと響かせながら、恋しい新三郎を訪ねてくる『牡丹燈籠』には、怪異譚の怖さよりも、詩情やロマンティシズムをとても強く感じました。
帰路には最終日の朝顔市に行き、さらに江戸情緒を堪能、朝顔の鉢植えは既に完売しており、却ってその賑わいが嬉しかったです。鬼子母神で頂いた朝顔御守りには「身体健全」の文字があり、来月から自分の仕事の内容が変わるので、今、少し感じている不安な気持ちに対し、励ましを受けた様に思いました。
気持ちがさらに寛いできたので、JRから見えていて気になっていた線路沿いの居酒屋「宝ろく」に初めて入り、クールダウン。
「朝顔市のお帰りですか?また、いらしてください!」
と、実に気さくに気持ちよく、お店の方は一人客を送り出してくれました
(^-^)v








