先日、ボイトレ教室の発表会が行われた。

 

この発表会のお話を先生から頂いたのは、何か月も前のことだった。

 

King Gnuの「カメレオン」。

 

何故この曲にしたのかというと、King Gnuが純粋に好きだから。

そしてカメレオンが、難曲が多いKing Gnu の中でも、究極の、難曲中の難曲だから。

 

だから私は、勉強になる!自分の経験値を増やすチャンスになる!

と思って、この曲を発表会に選んだのだった。

 

でも私は全然真面目な生徒ではなかった。

 

発表会の歌を後回しにして、ドイツ語の合唱曲「エリアス」を自主練するため、

一日3時間もエリアスの練習をしていた。

 

エリアスが歌えるようになったと思ったら、今度は

ホスピスの音楽ボランティア再開のお知らせがきた。

 

患者さんからリクエストはあるとしても、

それでも手持ちの曲を

何十曲か弾けるようにしておきたかった。

 

そのため、私は9月までは、ホスピスボランティアで弾く曲の練習にいっぱいいっぱいだった。

 

そんな訳で、King Gnuのカメレオンは、完璧に後回しにしていた。

発表会が間近に迫るまで、ほとんど練習していなかったのだ。

 

ボイトレの先生から「本番ステージでは、歌詞カードは見ないで暗譜です」

と言われていたにもかかわらず・・・。

 

気が付けば、発表会はあっという間に目の前に迫っていた。

 

本番ステージはライブハウスを借り切って、照明が自分一人だけに当たり、

カメラが三台まわって撮影されるという。

 

もちろん観客入りである。

 

ギリギリからの猛特訓を始め、車の運転中は完璧に「カメレオン」しか聞かない状態にした。

耳から覚え、歌詞が自動的に口から出てくる状態にもっていこうと試みた。

 

カラオケに3回ほど通って、採点AIで92点を出した。

でも歌詞の暗譜にはまったく自信がなかった。

 

カメレオンは歌詞がとても長くて繊細であることに、その時初めて気が付いた。

 

友達にこの曲を発表会で歌う、というと、会う人会う人に難しいから別の曲にしたら?

と言われたのを思い出した。

 

それでも先生は、まったく私が暗譜で本番が歌えることを諦めていなかった。

諦めていない、というより、完全に私を信じてくれていた。

 

そして迎えた本番当日。

 

その日は同窓会の次の日で日曜日だった。

 

生まれて初めて入るそのライブハウスの扉を開くと、最初真っ暗で殆ど何も見えなかった。

 

その中で照明が当たったステージに、マイクを持った人がキラキラ輝いているのが見え、

観客席に何十人かの人がいるのが見えた。

 

受付を済ませた。

受付は、以前少しだけお話したときに、「あなたは緊張しないタイプの人ね」

と言った優しげなおばちゃんオーナーだった。

どこをどう見たら私がそう見えるのか、とその時思ったけれど・・・。

 

次々に素晴らしい歌が出演者によって歌われていく。

みんな一様に、非常に緊張しているようだった。

 

第一部と第二部の間に私は、隣の人(見知らぬ人)に話しかけた。

「出演される方ですか?」

「いえ、観客です」

そしてその方とあっという間に仲良くなり、その人は私の歌を応援してくれることになった。

 

この見知らぬ人のおかげで、だいぶ気持ちが楽になった。

 

そして私の出番がきた。

 

ステージに上がると、客席の視線が私だけに集中しているのを感じる。

スポットライトが私を照らす。

 

司会進行の先生が「準備はよろしいでしょうか?」と言い

私は笑顔でうなづいた。

 

カメレオンにはイントロがない。

たった一音、「ド」の音が3秒半流れ、その音と秒数を頼りに完璧にピッチを合わせて

一小節にオクターブが何度も入るAメロを歌いあげなければならない。

 

でも歌っている間は私は、歌の美しい世界観に完璧に没頭していたのだった。

緊張は全くしていなかった。

歌える喜びだけを感じていた。

 

間奏の間は、私は笑顔でステージから客席を見ていた。

 

そして歌が終わると、司会進行の先生が

「ちょっと私、原曲を完全に忘れて、りょうこさんの歌の世界に、完全に癒されてしまいました」

 

とありがたいお言葉をいただいた。

 

そのあとも生徒の発表は続き、最後に講師の模範演奏となった。

 

初めてのライブハウスでのステージは、本当に貴重な経験だった。

そして幸せな経験だった。

 

自分の新たな扉がまた一つ、開けたような気がした。

 

これからも、自分の成長と進化のために、臆することなく

様々なチャレンジを体当たりで頑張っていきたいと思う。

 

ただただ幸せな、満ち足りた経験だった。

 

そして、私を優しく温かく指導してくださった先生に心から感謝で一杯です。

ありがとうございました。