涼香の小説 -9ページ目

えりあし

aikoさんの「えりあし」をモチーフにして作ったショートショートです。



【えりあし】



 今思うとあの頃のあたしは、ただ彼に甘えていただけなのだろう。今更こんなこと言うのも遅すぎるけど。

 あなたは今でも大切な人、それはきっと何年たっても変わることはないでしょう。 


 あなたと出会ったのは高校生の入学式。 

 同じクラスのあなたは特にルックスがいいとか、勉強が出来るとか、運動が出来る。なんて特技は持ち合わせてなかった、けれど彼はクラスでも人気のある生徒だった。

 それは誰にも負けないくらいの溢れる優しさが彼にはあったからだ。

 泣いている生徒がいると一言声をかけたり、体育祭で運動が苦手な子がいると効率のいい練習法を教えたり、文化祭のときはいつも最後まで残って作業が進まない班を手伝ってくれた。

 彼は昔は誰でも持っていたであろう、子供の頃の純粋な優しさを持っていたのだ。

 それに惹かれたのは実は結構早くて、入学してすぐのことだった。

 同じ中学校の友人がいないことで疎外感を覚えていたあたしは、入学から1週間たっても昼ごはんを一人で食べる毎日が続いていた。

 あたしはこの時間が一番悲しい。自分なんてこの世界に必要とされていないのではないか、自分とは一体なんなんだろう。なんてことはいつも考えてるんだけど、その時間はそういうことが一気に放出されたように思い出してきて酷く悲しい気持ちになってくる。もちろんそんな気持ちで食べる昼ごはんなんて全くおいしくなかった。

 いつものようにそういうことを考えていると、あたしの机の上に青い弁当箱が置かれた。一体何ごとだろうと思い、目線を上げると、

 彼がいた。

 あたしは訳もわからず泣きそうになった。

 その瞬間口の中に入れていた玉子焼きに塩の味がした。



 その日から半年後、あたしは一大決心をした。彼に愛の告白をしようと。

 はっきり言って、付き合って何をするでもないんだろうけど、ただ、彼の「好き」と言う気持ちを共感したかったんだろう。あたしひとりだけが思うなんてなんだか不公平な気がしたから。それにクラスのみんなも十分脈アリだと言ってくれていた。あれだけ優しく接してくれているのだから、きっと両思いなんだよと。

 けれど結局は結ばれなかった。

 彼はただ「好きな人がいるから付き合えない」と言って、さらに「君なら僕なんかよりずっと良い人とめぐり合えるさ」

 そんなこと言うもんだから、普段は涙を流さないあたしでもさすがに我慢できなかった。

 彼はどれほど無神経に優しいのだろう、告白するまでは、その優しさが凄くうれしくって、それだけで今日1日どんな悪いことがあっても乗り越えれるくらいの気持ちになったけれど、今じゃただ、胸が痛むだけ、張り裂けそうになる、こんな思いをいつまで抱けばいいのだろうか。

 

 そして卒業式、あたしは本当に最後だと胸にその言葉を打ち付けて、もう1度彼に思いを打ち明けた。すると、なんとも意外、OKをもらった。

 18歳を過ぎてからは同じ時間で過ごせることが少なくなったけれど、あたしたちは二人で会える時間を何よりも待ち望み、そして大事にした。

 付き合ってから1年が経ちあたしは彼に何で付き合ってくれたの? とずっと積もらせてきた思いを打ち明けた。彼はただ「あの頃は見る目がなかった、君が違うクラスになって初めてわかったよ」

 本当に気付くのが遅いよ、あたしがそれまでどれだけ苦しかったと思ってるんだろう。でもそれは彼も同じなのかもしれない、いや、それ以上なのかもしれない。

 なんていったて、彼はあたしを振ってしまったのだから。

 

 そして21歳の春、夜の10時過ぎにいきなり彼から電話がかかってきた。こんな時間に呼び出しとは彼にとっては珍しいことだったので、あたしは急いで待ち合わせの公園まで走った。

 急いでいったのに、彼は、俯いて缶コーヒーを飲むばかりで、ちっとも話そうともしない。

 あたしは急に怖くなった。これがいわゆる別れの前触れなのだろうか、確かに最近、彼と会う時間が少なくなってきたし、毎日電話やメールをしていた頃なんていつだったかなと、思い出せないくらいだった。それでもあたしは初めて彼を好きになったときよりも彼を好きだと言う自信があった。そう思っていると泣けてきた。そういえばあたし、彼と付き合ってから涙腺が緩くなってきた気がする。するとやっと彼が口を開いた。

 「俺、東京に行くよ」

 どうやら、学校の業界研修で、東京の大手出版社から誘いを受けたらしい。彼は高校生の頃から雑誌の編集者になることが夢だった。そして彼は言った、

 「別れようと」

 あたしは必死に拒否した。

 何故、研修で東京に行くくらいで別れなきゃいけないんだと。

 けど彼の決意は固く、その眼はあたしをさらに恋焦がらせた。泣きじゃくるあたしに彼は「そういう嘘泣きももううんざりなんだ」そう言い残し、その場を去っていった。

 あたしは追いかけることもなく、ただその言葉の意味を探すだけで精一杯だった。

 ただえりあしを見つめて。

 

 今思うとやっぱりアレは嘘泣きに近いものだった気がする。それに気付いたのは大学を卒業して、社会に出てやっとだった。

 本当に悲しいときには涙はまた違う色をしているから。

 けど、あの頃のあたしは本気のつもりだったんだろうな、それにしても酷すぎないかな? 泣きじゃくる彼女に嘘泣きだなんて、けどそれが彼の最後の優しさだったんだろう。

 あたしの人生のルートはもう決まってしまったんだろう。

 目をつむって想像してみる、これから合コンで彼氏を見つけて、そして寿退社して子供生んで・・・。けど、その決められたルートの中にあなたがいて欲しい、それが結婚相手だなんて大それたことは思わない、たまたま道で会うだけでいいから、あなたの顔をひと目見て言いたい、

 「いつまでも好きだから」と。

 それは5年経っても10年経っても変わらない。

 重い女だなんて思わないでよ、本当にそう思ってるんだから。

 そうさせたあなたが悪いのよ。

 あたしはあのときの彼の笑顔を忘れない、1人でいる昼休み、青い弁当箱を置いて作り笑いのように微笑んだあなたを。




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