了源院住職は元々、真言宗(新義)の檀家に生まれました。
了源派浄土真宗に改宗するまでは真言宗の修行をしていました。
真言宗は大きく分けて古義と新義がありますが、了源院は新義がより正統だと考えています。
覚鑁上人は形のない大日如来が形ある姿を現すという説、大日如来の世界は阿弥陀如来の世界と同一であるという説を説きました。
日蓮正宗の方がよく「形のない大日如来がどうやって大日経を説いたのか」と難癖をつけています。
興教大師の解釈からすると何ら問題はありません。
つまり形のない大日如来は形のある姿をとって大日経を説いた、といえるからです。
このことは空の理論と同様です。
空は絶対無であるからこそ、無に留まりません。つまり無自体がどこまでも自己否定し、どこまでも有になるのです。
絶対無を大日如来とすると、大日如来は自身に留まることなく、自己否定をすることで有になるのです。
これを空即色と言っても良いでしょう。
また、浄土真宗に二種法身という考えがあります。
法性法身と方便法身のことです。
法性法身は形がなく、方便法身は形のある阿弥陀如来です。
法性法身を大日如来、方便法身を阿弥陀如来とすると、両者は相即していると言えます。
よって覚鑁上人の、大日如来と阿弥陀如来の世界は同一との説は理にかなっているでしょう。
覚鑁上人の寺院の檀家として生まれて良かったです。
