【終章 誰も語らない「サイバー戦争」の将来像】



(つづき)
(※フィクションです!)

 「Y国統合部隊クラウドネットワークシステム」にサイバー攻撃をかけている間、A二等兵は小隊長からの細かい指示は一切受けなかった


小隊長が自分の行動を制止したのは、たった一度だけった。



それは、A二等兵が画面上に「大統領閣下」と書かれた車列を発見したときである。



「これはチャンスです! 直ちにステルス攻撃機を派遣して、爆撃しましょう! あるいはいまここで奴らの車輌情報を抜き取ることもできますよ!?」
A二等兵は興奮した調子で叫んだ。

(もしかしたら、一世一代の英雄になれるかもしれない……!)


しかし、小隊長は、冷静な声で言った。
「それはダメだ」と。



小隊長が制止した理由は、次のようなものであった。

まず第一に、我々の任務は「敵の状況認識を混乱させる」ことだ、という理由である。もしここで大統領の車列(その位置は極秘のはずだ)を攻撃したら、どんな間抜けな敵であっても、クラウドシステムがハッキングされているということに気づくであろう。そうすれば、敵の状況認識は回復してしまう。戦術レベルでの我が軍の優位は失われる。

第二に、大統領を殺してしまった場合、我々は「和平交渉の相手」を失ってしまう、という理由だ。戦争は、あくまで外交的に決着をつけなければならない。我が国は、Y国の政府を転覆させ、直接統治を行うつもりでこの戦争を戦っているわけではない。大統領がいなくなったのち、国内を掌握できる人間が誰もいなければ、我々は泥沼の戦争に引きずり込まれてしまう。戦略レベルでの極めて重大な損失だ。

このとき小隊長の頭のなかには、バトル・オブ・ブリテン(コヴェントリー爆撃)と、普仏戦争の教訓が頭をよぎっていた。


「これは罠だと考えられる。攻撃は控えろ。」
小隊長はそう命令した。


この判断が正しかったかは、いまの段階ではわからない。しかし、小隊長は決断しなければならないのだ。



ともあれ、「サイバー小隊」は所期の目標を十分に達成した。Y国軍の状況認識は大きく混乱し、X国軍は補給が追いつかなくなるところまでかなりの距離を追撃できた。

次の戦いから、「サイバー小隊」はさらに大規模に投入されることになるだろう。敵も当然、対抗措置を考えてくるに違いない。この戦争がどうなっていくのか、想像もつかない。

A二等兵は功績を認められ、同期の中で誰よりも早く、勲章を授与されることとなった。