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いつから声が出せなくなったのだろう。ここに来た時からずっとなのか?

決して自分が喋りたくないというような意思ではない。

自分の声がまったく出ない。

医療には詳しくないが、今の私の症状、私は聞いたことがない。

そういえば、妻や両親の対応は、私が話せなかったからなのか。

 

ただ、今落ち着いてみると、特に話したいこともない。

もうこんな有様になったのだから、喋れない程度ならそれほどショックではない。

 

そんな中、いつも会っている医師とは別の医師がやって来た。

その医師は、私の喉に何かを挿入した。

多少痛かったが、抜糸と比べればそれほど痛くもなく、すぐに終わった。

 

その医師は、こう言った。

「ちょっと声出してみて」

 

は?

今ので声が出るのか?

私は本当にロボットなのか?

 

いざ、声を出してみた。

 

「あー、あ、ああ?」

 

濁声が出た。

いや、“濁声”という表現は違うのかもしれない。

器械音のような声だ。

こんなの、人間の声じゃない。

やはりこの私はロボットなのか。

この病院は、私を使ってロボットが声を出す実験をしているんだ。

私が出している声は、人間の喉を使った音声ではないだろう。

ロボットの意思を機械で読み取り、音声に変換しているんだ。

 

医師は嬉しそうな顔をしていた。

だが、当の私は全然嬉しくない。ドブに突き落とされたような気分だ。

もう極力喋らない。

 

声が出るようになったのは、何か喉に器械を取り付けたからだ。

きっと、あそこに多額の物体があり、そこから声が出ているのだろう。

つまり、本物の私の声ではない。

今、痛みを感じないため、苛立ちと不安をどんどん増加させる。

 

 

 

医師が部屋から出ていくと、ちょっと気になっていたことを試そうと思った。

それは、私が言葉を覚えているのかということ。

というのも、私は話が出来ない状態になっているのではないかと危惧していた。

つまり「失語症」だ。

 

ここに来ていつから思っていたのか覚えていないが、それを心なしか懸念していた。

このベッドに居ると、周りの人の話がよく分からない。

初めは自分の意志で聞こうとしていないと思っていたが、そもそも私自身がその能力を失ってしまったのかもしれない。

 

失語症というキーワードは以前から知っていた。

しかし、その病になった人物は、テレビでも知り合いでも聞いたことがない。

そんな奇病になったら、対処できるお医者様なんて、そうそう居ないのではないだろうか。

 

ただ、私が失語症になるなんて、有り得ないと思う。

声も出なかったし、筆談をすることもできなかったから、試しようもなかった。

失語症なんて、そんな馬鹿な。

私はこうしていろいろ想像している。

それを口で発すればいいだけだ。

 

確かめるために、“朝、みんなと顔を合わせた時に言う挨拶”を、ぼそっと口に出してみよう。

 

「……」

 

声が出ないのではない。

言おうと思っている言葉が、まったく思い出せない。

一言も話せない。

 

そうだ、私のベッドの頭の方にある紙を読んでみよう。

日本語で書かれていることは分かる。

 

 

しかし、また驚愕した。

書いてある文字を、どう読むのかが分からない。

平仮名と漢字で分けると、その文字が漢字であることは分かる。

私のベッドに掛けてあるのだから、おそらく私の名前だろう。

だが、それでもまったく読めない。

つまり、自分の名前が分からない。

 

横に書いてある文字は、さらにどういう意味なのかさっぱり分からない。

 

時間をかけて必死に考えていると、ようやく「えごし」を思い出した。

えごし、えごし…。

あ、えごしりょうたか?

それだ!

 

じゃあ妻の名前は?

全然思い出せない。

 

私の息子たちの名前は?

思い出せない。

 

父や母の名前は?

全然出てこない。

 

長男の名前は妻が名付けたが、次男は私が提案した名前だ。

それなのに、その名前を思い出せない。

 

息子たちに自分を何と呼ばせていたのかも覚えていない。

「お父さん」や「パパ」にしなかったことは覚えている。

「父上」? 「親父」? 「父ちゃん」?

どれもしっくりこない。

 

どうも、単に言葉を思い出せないわけでもないようだ。

小学校から大学までの知り合いたちが、それぞれいつ会っていたのか、いまいち思い出せない。

あいつとあいつは知合いだっただろうか?

妻は私が大学生だったときに知り合って結婚したが、付き合っていた頃と、今の妻が一致しない。

別の人のように感じる。

実の母もそうだ。

母は優しかったが、どんな優しさだったのか、あまりよく覚えていない。

まさに、現実から追い出されて、夢を見続けているようだ。

 

ようやく自分の有様を知った。

このショックは、誰かに伝わるのだろうか。

自分が思っていることを、身の回りの人たちに伝えられない。

誰かに誤解されても弁明できないし、そもそも何を言われているのかも分からない。

 

自分が失語症になって、ようやく心底理解した。

この障害は、人間としての尊厳を根本から打ち砕く。

 

これまでは喉の影響で声が出せないと理解していた。

だから、手がもう少し回復したら、文字を書いて伝えられると思っていた。

思っていたのに、これじゃそんなことは不可能だ。

役立たずの脳だ。

そんなの、一人ぼっち過ぎる。

 

 

 

ふと、母方の祖父を思い出した。

 

 

祖父は、私が幼稚園の時に入院し、私が小学6年生の時に亡くなった。

脳障害になった祖父は、入院中、口をうまく動かせず、ほとんど意思疎通ができなかった。

お見舞いで病院に行くと、私を見ていつも泣いていた。

私は元気な祖父を覚えていない。

大人になってようやく分かるようになったが、話せない自分の身体が悔しかったのだろう。

 

 

ところが、今の私はどうだ。

失語症の方が数倍酷いじゃないか。

自分がどんなことを思っているのか、人に伝えられないだけじゃなく、そもそも自分の中で思考もできない。

人間的な知能が、失われてしまった。

 

主治医は私が失語症だと知らないだろう。

もし失語症だと知ったら、院内のいろんな人に広めてしまうはずだ。

それは良くない。極力話さないようにしよう。

 

考えるたびに、絶望を感じる。

なんなんだ、この状態。

 

友だちが知ったら、間抜けな奴だと思うだろう。

こんな状態で生き残りたくない。

スパッと死んだら、可哀想に思ってもらえるだろう。

そっちの方が断然良かった。

今の私は、他人からの世話が必要な病人だ。

世話をされるなんて、まっぴらごめんだ。

 

何度でも言ってやる。

こんなことなら、生きたくない!

 

そもそも、私自身の話だけじゃないのかもしれない。

今でも私が他人に被害を与えてしまった可能性は否定できない。

そんな奴が、これ以上生き延びようなんて、ちゃんちゃら可笑しな話だ。

今すぐに消えたい。

 

 

 

ん?

これも夢なのではないだろうか?

可哀想な自分を夢見ている、間抜けな一般人。

 

そうだ、それに決まっている。

失語症?

そんなわけあるか。

目覚めると、人と変わらない退屈な人生に戻るだけなのだ。

もう、勘弁しろよ、私。

 

 

 

  現在からの振り返り

良太です。

 

 タイトルの一部を○○○にしていた部分は「失語症」!

いやぁ、ようやくタイトルが出ました。

まぁ、昨年までやってたブログでも失語症のことは何度も言ってましたので、初めて知る人はほとんどいないと思います。

 

ただ、実際に入院していた当時の私は、このときに初めて失語症を知って、かなり愕然としましたね。

今回のストーリーで最後に言っていたように、そんなわけないと思っていました。

 

 

 発声の方法

人間が声を出すときは、呼気によって声帯を震わせて発声します。

しかし、この時の私は、声帯より肺に近い『気管』を切開して、呼吸ができるようにする必要がありました。

その間、息が声帯を通らないので、声は出ません。

 

発声ができるようになったのは、「スピーチカニューレ」と「スピーチバルブ」を取付けてもらったからですね。つまり、出ている発声は、普通通り声帯を通って出ています。ロボットじゃなくて、自分の声ですね。YouTubeにも当事者の動画がありますので、気になったら見てみてください。

 

 

 失語症の恐怖

言葉を忘れてしまうって、かなり怖いですよ。

外国に行って話が分からないような状態とは全然違います。

自分の思想が言語にならないんです。言語にならないってことは、思考が形にならないってことです。

 

なので、今こうしてYouTubeで話している当時の話も、私は文章を選択しましたけど、こんな風な文章にはなってません。

ぼんやり想像しているだけですね。

 

ちなみに、息子たちには私を「父ちゃん」って呼ばせてます。

息子たちは今でも父ちゃんって言ってくれますけど、外では「お父さん」って言ってるみたいです。

やっぱり恥ずかしいんですね。

 

 

 現在話せるようになった理由

私が今のように話せるようになった理由は、自分でも何が大きかったのかよく分かりません。

お医者さんの治療も大きかったと思いますし、言語のリハビリを受けたことも大きかったと思います。

 

ただ、人からのサポートばかりを頼っても、回復の度合いは少なくなります。

私はそれまで使っていた言語が、使えなくなったっていう『苦痛』をばねに、努力を続けて、今のような結果になったと思ってます。

結局、幸せになるっていうのは、自分の思考が第一ですね。

ただ、今回のストーリーでは、まだそんなことは考えらなくて、もう少し時間が掛かりました。

 

あと、この振り返りのパートは、私が割りとスムーズに話せているように見えるかもしれませんけど、実際はそうでもないです。

失語症の影響で、話そうと思っていることを、瞬時に言葉にして話すことは難しいです。

 

だから、YouTube動画でこうして話すためには、まず自分で話そうと思ったことをパソコンで文章にして、それを読んでます。

カメラの方を見ていないのも、それが理由です。

自分の書いた文書を読むことも難しくて、倍以上の時間が掛かっています。

 

失語症は、完治しないそうです。

実際に脳細胞が死んだら、それは元の戻りません。

CTMRIでもはっきり分かりますが、これは変わりません。

今でも、人が何を話しているのかよく分からないことが多いです。

 

 

それでもこうしてYouTube動画を作っているのは、一種の“リハビリ”ですかね。

ただ私としては満足を作り上げてるような気分で、楽しいです。

 

自分ではちょっと面白いと思うので、今回の動画の後半に、その様子をフルで公開しています。

もし失語症や話が難しくなった人が、この動画を見てくれていたら、ぜひ似たような取り組みをしてくれたらいいと思います。

毎日が楽しくなりますよ。

 

 

それでは、次回からも観に来てくださいね!