~プロフィール~
福岡出身。現在38歳。
2010年 大阪のシステムインテグレータに就職。
2020年2月22日に倒れ、高次脳機能障害に。
失語症・失行・注意障害・記憶障害など。
身体障害手帳3級&精神障害手帳3級。
麻痺の為、杖持ち。
妻と小3長男・小1次男の4人暮らし。
今年6月末まで休職中。
こんにちは。
最近、GoogleマップやGoogleストリートビューにハマっていることに気付いてきた。
以前、障害者になって地図を見ていると、どちらが北なのかも分からず驚いていた。
これが、高次脳機能障害なのだろうか、と。
今はハッキリ分かる。
以前から見知った道でも、どちらが北なのかなど意識もしなかった。
当たり前。
このGoogleストリートビュー、本当に天才的な事業だと思う。
世の中の人が知るようになったのは、2008年ごろからだと思う。
例えば、私の住んでいた香里園駅付近。
撮影年月まで自由に変えられる。
昔から、その凄さに一人で感心していた。
だって、山ほど写真を撮って、位置や方角を記録させて、それを無償で公開するなんて、当時は考えもしなかった。
少し考えても、出来得るのは一部だけだと思っていた。
まさか、全世界を対象とするなんて。
だから、その考えがまったくなかった私が高校一年生の時、高校への道順を必死に調べて、自分で書いたメモを見ながらママチャリで走っていた。
今ではまったく次元の違う解決方法がある。
地図で大まかに調べて、Googleストリートビューでハッキリ分かる道筋を見ながら行けばよい。
でも、私としては必死に調べたことをまったく無駄には思わない。
あの地図を調べた経験は、いい思い出として残っている。
ただ、もう一回やれと言われても、絶対に断る。
もう、Googleストリートビューを知った。これ以上は自分で頑張ろうとは思えない。
本当に良い時代に生まれたと思う。
私が生まれたときや、生まれる前の風景も見れて、とても楽しめる。
自分の成長も思い出す。
そんなわけで、ちょっと暇を見つけると、一人でGoogleマップやGoogleストリートビューを調べたりする。
2010年以前だと、地理院地図を調べたりすることも多い。
本当に、無駄な趣味の域だ。もちろん、楽しい。
今は、クルマにも乗れなくなった。
電車で遠くに行くのも不安が多い。
そうすると、歩くかGoogleマップ・ストリートビューを見るしかない。
それでも、Googleマップ・ストリートビューだけでは満足感がない。
正直、歩くのが好きかと言われると、全然好きではない。
だから、散歩に出掛ける前は、面倒くさくて出来るだけ考えないようにしている。
結果的に、先日はとても良かった。
こんな道があるとは知らなかった。
考えてみれば、電車に乗ったときに見える光景だった。
電車から見るのと、歩いてみるのとは、大きく雰囲気が変わる。
それは当たり前だし、その分面白さが二倍になる。
今の状態になったからなのか、「就労支援」や「障害福祉」、「老人ホーム」の場所が沢山あることに気付く。
私も、どこかそういった場所に行くことになるのだろう。
通りかかった場所は、農園だった。道は当然舗装されておらず、デコボコしていた。
流石に杖で歩くのは大変だった。転んでしまうかもしれなかった。
だが、急ぐ必要はない。ゆっくり歩いた。
こうした散歩でも、私にとっては一眼レフを持ち歩くだけで楽しめる。
この道も、Googleストリートビューでは見れない。
別の60~80代の夫婦たちとも、よくすれ違っていた。
きっと、日頃の散歩コースなのだろう。
60代頃のご夫婦が私を追い越すときに、奥さんが「こんにちは」と明るく言ってくれた。
私も、できるだけ明るい声で「こんにちは」と言った。
それだけで嬉しい。
今回は、杖を持って農園に来た私が気になったのか、農作業をしている女性が声を掛けてくれた。
この杖は脳の障害を負ったからだと伝えると、「ゆっくりやればいいよ!」という言葉が嬉しかった。
そういえば、私が登山をしていたとき、通りかかる人たちに「こんにちは」と言っていた。
あの良さは、登山ができなくても続けられる。
考えてみれば、3年前に倒れた私は、一人で外を歩けるかも分からなかった。
むしろ、死がすぐそばにあると思っていた。
私は、まだ生きていていいようだ。
帰って歩数計をみると、1万歩を超えていた。
流石にコロナ感染でしばらく歩いていなかったので、帰り掛けは本当にツラかった。
だが、痛みはない。
少しずつ成長している。
ちなみに、私が3才から育った町は、ニュータウンだった。
つまり、山を削って作られた住宅。
私が生まれた頃は、山の中だった。
それはそれで、面白い。
ちなみに、私の父が小さなころ、祖父は筑後平野の農家だった。
その写真を見て、父の昔の話を振り返るのも、面白い。