こんばんは。

 

38歳、脳の障害で休職中&復帰に向けて努力中。

 

このつづき。

 

 

 

阿蘇神社に行った後、『草千里』を少しだけ眺めた。

大人になって知ったが、阿蘇の草原は平安時代に牛馬の放牧地として利用されるようになり、肥料として使っていたそうだ。

 

 

今回は私の足では楽しめないだろうし、もし草原のど真ん中で雨が降り出したら、私は素早く戻れない。

 

『阿蘇山火口』にも行きたかった。

朝 出掛ける前は、雨が降っていたが、今は少し雲はあるが、晴れ間も多い。

 

 

だが、残念ながら昨年の阿蘇山の活発化により、火口周辺の整備や観光客の安全確保ができるまで、火口には行けなくなっていた。

以前の私は、阿蘇山の火口湖を観ていたが、今は観れない。

 

↓コレは2006年に私が撮った火口湖。

 

新しく改築された『阿蘇山上ターミナル』より先には行けない。

 

 

それでも、火山の臭いを嗅いで、懐かしく思った。

 

阿蘇山上ターミナルで、みんなと『火山灰ソフトクリーム』・『草千里ソフトクリーム』を食べた。

私が選んだのは、火山灰ソフトクリーム。

味も美味しかったが、阿蘇山火口の近くで食べるのは、とても嬉しく思った。

 

 

 

 

10年以上前に行った、『白川水源』にも行った。

名水百選に選ばれていて、水がとてもキレイだ。

 

↓静止画なので分からないかもしれないが、小川の底から水が湧き出ているところを見れる。

 

白川水郷の通り道から『炭火焙煎珈琲 水の館』にも行った。

階段には手すりが無いので、不安には思ったが、妻が支えてくれた。

コーヒーを飲んだ。本当に美味しい。

 

 

 

 

その後は『月廻り温泉』に泊まった。

 

大学時代にも気になっていた温泉だ。

その私の大学時代は、デカい水車があったが、その水車が見当たらない。

 

調べてみたが、なくなっている経緯は分からない。

熊本の地震の問題なのか、老朽化の問題なのか…。

残念だ。

 

月廻り温泉の宿泊は、1日3グループまでだ。

戸建ての宿泊施設。

私達が泊まった戸建ては、2階建てだったが、2階への階段には格子戸が張ってあった。

おそらく、過去は一般の人が住んでいたのではないだろうか。

 

夕食、どれも美味しかった。

お腹いっぱい食べた。

ビールも、昨日のフランピングビレッジで飲んだビールとは違う“美味しさ”を楽しんだ。

 

 

たくさん食べ過ぎて、温泉に入るとその後はお酒は飲めなかった。

 

 

 

翌日は、朝から月廻り温泉の家族風呂に入れた。

時代によって、だんだんとサービスが向上しているように思う。

キレイに晴れていたら、もっと感動したのに。

 

↓コレは、父が撮ってくれた家族風呂の私。

 

 

 

『高森湧水トンネル』に初めて入った。

そのトンネルは、南阿蘇鉄道が昭和48年から鉄道を通すために掘っていたのだが、トンネル工事で大量の水が流れるようになってしまい、建設は頓挫してしまったそうだ。

そこに、一般客が入れるようになった。

 

実は、昔付き合っていたカノジョ、今の妻と、一度入り口付近まで行きはしたものの、ちょっとだけお金がかかるので、トンネルの中には入らなかった。

今回は息子たちもいるから、親と一緒に入ってみた。

入ってみると、入場料はたった300円だ。ケチすぎるなぁ、私達。

 

思っていたより長ーいトンネルで、入り口付近で距離は300mと書いてあったから、往復て6~700メートルほどあったのだと思われる。

地域の子どもたちの作品が飾ってあったりと、結構楽しく見れた。

 

 

トンネルを抜けて、外からの散歩もできる。

前回は、ここがタダだったので歩いたと思うが、あまり覚えていない。

 

 

 

 

ついでに、その南阿蘇鉄道が開通した最終駅、『高森駅』にも立ち寄った。

 

私は行くまで全く知らなかったが、トロッコが走っているそうだ。

立ち寄ってしばらく駅の中を眺めていると、トロッコが駅に着いた。

息子たちの記念撮影をした。

 

 

なかなかいい旅を楽しめているではないか。

 

 

 

その次も、私が全く知らなかった場所なのだが、『上色見熊野座神社(かみしきみくまのざじんじゃ)に行った。

早口言葉のような名前だ。私には長すぎて、いまだにそらでは云えない。

 

妻が行きたいと思っていたのだが、階段があるので私には無理だと伝えていた。

妻も、「行けるところまででいいから」と言ってくれていたが、実際に現場で見てみると、始めの数歩以降、全く歩けないだろうと思い知った。

階段に手すりが無いのは、私にとっては致命的だ。

 

 

 

残念な気持ちにもなった。

だが、父がクルマの駐車場から付近を歩き回っていると、そのメインの階段ではなく、坂道で登れることを発見してくれた。

 

私一人では登れなかっただろうが、妻が支えてくれて歩いた。

 

てっぺんの神社まで行けた。

 

 

「良かったなぁ~」と安堵していると、父が“その先”があることを教えてくれた。

“折角だから”の観点で登ってみると、私には限界だと思えるのに、父が励ましてくれた。

 

はぁはぁ言いながら、「ああ、これが“父ちゃん”だったなぁ」と感じた。

出来ることを、出来得る限り実行するのが、私の父だ

 

↓この道は割と問題ない方だったから、写真を撮れた。

 

躓きながらも、本当の“てっぺん”の、『穿戸岩(うげといわ)に着くと、自分の可能な範囲が広がったようにも思った。

 

↓穿戸岩とは、岩の一部に大きな穴が開いた物だと、行って初めて知った。

 

そして、山を下りるときに気が付いた。

この旅行の違和感。

 

それは、私が“先頭”でないことだ。

 

以前は、妻や息子たちを連れて、色んな所に遊びに行っていた。

今回の旅行は、私が何かを指定したことは無いと思う。

むしろ、今の私は迷惑ばかりかけている。

 

この云い様の無い消失感は、私がみんなを率いる主役ではなくなったということだ。

 

しょうもない性格だが、まだプライドが残ってしまっているようだ。

早めに自分の中の決着をつけよう。

 

 

 

最後は『大観峰』

3年前も、妻・息子たちと一緒にクルマで来た、大観峰だ。

 

雨も、ほぼ降っていないので、散歩しながらゆっくりと眺めた。

上色見熊野座神社の歩きで、相当疲れてしまったので、遠見ヶ鼻までは行けなかったが、もう流石に満喫した。

 

いい旅が出来たではないか。

私が出来ないと思っていたことを、みんなが助けてくれた。

 

↓右側は『外輪山』。右側の雲がかかっている部分は『中岳』。

 

↓外輪山の外側。


 

まとめてみると、みんなに助けてもらったことで、とてもたくさんの場所に行けて、とてもたくさんのことが出来た。

 

↓阿蘇で見つけたガイド表と、私が行った場所。

 

 

 

 

 

 

…。

だが、そういった“感謝”の前に…、

 

 

 

もー、本当に疲れたぁ!

 

このブログに書いていない場所にもいくつも行ったが、全部は説明しきれない。

だからこれだけ遅くなってしまった。

この二泊三日、どこに行ったのか考えるのも難しいほど巡った。

 

この疲労感が、易疲労性なのか、そもそも私の不自由な足を使う疲れなのか…。

遊びが、今の私にはハード過ぎる!!

 

そもそも、私はこの旅で常に不安だった。

普通の人は、転ぶことなど想定しない。私だってそうだった。

ところが、今の私は、フツウに転んでしまう。

そうなると、息子たちが転ぶのとは雲泥に違う傷がついてしまい、その後の行動が出来なくなってしまう。

 

さらに、帰り道は父の運転だ。

実は、父が山道運転しているクルマの揺れが、今の私にはとてもツラい。

気分がとても悪い…。

 

すぐに寝てやろう!!

 

 

 

~おわり~

 

 

 

あ、熊本阿蘇から福岡の実家に帰省したときの話を…、

もうちっとだけ続くんじゃ。