今日。
2021年12月24日金曜日。
12時過ぎ。
自分で分かっていなかったが、家に帰ろうと歩いていると、今日はクリスマス・イブだと気付いた。
「それくらい注意障害があるのか?いや、ただ抜けてただけか」
そんなことを思いながら歩いていた。
そして、転んだ。

転ぶ瞬間、意識はあるのに、足がマトモに立てず、顔から落ちた。
これが、障害者の30代。
今日は、私が行っている施設の、12月最終日。(私だけ早め)
荷物を、結構色々と持っていた為、なかなか立てない。
なんだか面白くなって、一人で自分の写真を撮った。
怪我でこんなに血が出た経験は、ちょっと覚えていない。
そうこうしていると、二人組の土建屋さんが、私に気付いて、119番で電話を掛けてくれた。
私の血も拭いてくれた。そんな人もいるのかと、驚いた。
その後に、しばらく二人ともいなかったので、どれぐらい血が取れたかを、スマホで撮った。
救急車を呼んでくれた。
救急車が来るまで、血のついていたマスクを、箱で買ってくれた。
私は、なんとか土建屋さんへのお礼に、お詫びの品を渡したりしたいと思って、「お名前を教えて下さい」と言った。
だが、もちろん『失語症』や『注意障害』、『記憶障害』の私は、病院についた頃にはすっかり忘れてしまっていた。
私だって、「忘れるだろうなぁ」とは思っていたが、救急員に私の状態を伝えている間に、土建屋さんの名前が消えてしまった。
(何か、その土建屋さんにコンタクトする方法、ないのかな?)
今回が、人生で3回目の救急車だ。
1回目は、酔っぱらって同期に救急車を呼ばれたこと。
その時は、朝まで気付かなかった。ちなみに、ただ酔っぱらっただけということになり、治療は何もなかった。
2回目は、去年2月22日に、障害者になった時のこと。
なので、今回が初めての、記憶に残る救急車内だ。
私が行っている施設の、真横の病院についた。
結果的に、口が少し切れているだけだったので、特になんの処置もせずに帰れることになった。
ちょっとズボンも破れたが、しょうがない。
「あ、靴下破れてますね。大変だったんですねぇ」
と言ってくれた。
だけど、その穴は以前から開いてました…。
お医者さんには、ちゃんと白状した。
「奥様には、このことで破れたと言いましょう」
いいお医者さんだ。
私の怪我のことについて、病院から妻に、電話が掛かった。
妻は息子たちと一緒に、2時間ほど掛けて来てくれることになった。
妻には、心底申し訳なかった。
だが、もうそういう身体なのだから、さっさと諦めるべきだと気付いた。
そう思うと、息子たちが来てくれることが、嬉しくなってきた。
今は、妻と息子たちを、病院のベッドで待っている。
今日はクリスマス・イブだ。
何か、美味しい物を食べに行こう。



