頭蓋骨の左側は、2020年3月24日に、感染症になった。

その為、それ以降は、ヘッドギアを入れて、頭蓋骨は外していた。

K病院では、期限を半年としているらしい。

その半年が過ぎ、予定通り、人工の頭蓋骨を入れることになった。

 

  1. 11月10日。
    予定通りの、K病院への、2度目の入院。


    手術は、翌日11日。
    部屋は4人部屋だった。

    〔これなら、たいして問題ないだろう。〕
    と私は勝手に思った。


    K病院の電子音が聞こえる。
    久しぶりに聞こえる音。
    リハビリ専門のM病院では鳴らない、命を守る音。


    〔ああ、こんな音だっな。懐かしいな。〕


    〔先月ぐらいまでは、妻に「死にたい」とか言っていたな…。〕
    〔でも、親や妻の為に、生きなきゃいけないな…!〕




    ちなみに、何週間か前に、妻とともに、このK病院に診断をしに行った。
    人工の頭蓋骨を、どれくらい入れるのか、だ。

    丸く入れるものだと勝手に思っていたが、そうすると皮膚が足りないかもしれないらしい。
    整形外科医だと思うが、人工の頭蓋骨は“丸く”ではなく、スパンと切ったような“垂直”の形を進めた。

    もう仕方ないなら、諦めようと思った。
    というより、何も考えたくなかった。

    だが、その後、主治医
    「え?できるでしょ?ちょっとそのつもりで検討してみますよ」
    と言ってくれた。
    そして、主治医はその後の手術で、担当者になってくれた。

    だから、この主治医がいなかったら、私の頭はダイブ分かり易い『障害者』になっていただろう。

     
  2. 11月11日。
    手術。


    ベッドで運ばれ、私は妻を見て笑っていた。


    〔いよいよ、私の手術は終わりかぁ…。〕
    〔半年ほど付けていたヘッドギアも、もう終わり。〕
    〔でも、痛い手術じゃ無いでしょ!〕


    …。

    手術が終わり、全身麻酔から目が覚めた。
    吐いた。
    温度は忘れてしまったが、熱も出た。
    身体は動かない。


    病室は、4人部屋ではなく、私だけがいる部屋だった。

    脈拍や血圧などを調べたり、見ても分からない色んな点滴が、体中から繋がっている。
    時間も分からない。
    全身麻酔が終わると、今が何時なのか、全く分からなくなる。
    そのことを、私はやっと思い出した。


    ↓コレは、もう少し後に撮った写真。だって、そんなこと、できないもん。


    こんなに苦しいなら、もうすぐに死にたい。

    半年前5月に、同じ病室にいたお爺ちゃんがいた。
    その人は、「助けて…助けて…」と何度も何度も、夢遊病のように言い続けていた。
    そのことを思い出した。

    私は、生きたくなんか、無い。
    すぐに死にたい。
    可能な限り、早く死にたい。


    死ぬ訳では無いが、頭に人工の骨を入れる手術なのだから、そりゃあもちろん大変。
    それを、今になってやっと気付いた。

     
  3. 手術から二日目。
    昼前から、随分マシになってきた。

    だが、頭が痛い。
    鎮痛剤が切れると、本当にツラい。


    本当に痛くて、居ても立ってもいられない。

    薬は、看護師によると、朝は8時、夜は21時だった。
    〔本当かよ…。看護師さんが言ってるだけなんじゃないの?〕
    と、正直イラついた。

    この『おくすり説明書』には、鎮痛剤が書かれていなかった(と思う)。
    看護師が、私のツラさを、鎮痛剤で楽にしてくれいたのに、私はそのお礼を言えるほど回復していなかった。



     
  4. 11月13日から、目が腫れた。


    医師によると、問題は無いそうで、腫れは1~2週間で収まると言う。

    しかし私は、
    〔なんで1週間の時差があるんだよ…。〕
    と、正直云うと不安だった。
    と云うか、イラついていた。

    幸い、腫れは比較的早く収まった。
    たぶん3日くらい。

    というか、ワガママ過ぎるだろ、私…。

     
  5. 「お風呂入りましょうね~」
    と、看護師に言われた。
    だが、ベッドで身体を拭いてくれただけだった。

    私は、それが『お風呂』だと思っていなかった。
    〔いつかな~?〕

    しばらく気付かなかった。

     
  6. 大便を出そうとすると、頭の中で水のような音や、「パチッ」という音がする。

    怖い。
    とんでもない痛さが襲ってきたら、どうしよう。
    気合を入れて頑張った。

    それから、ベッドにいる時に、頭の中で時計のような音が鳴る。
    「チックタック…チックタック…」と。

    看護師に相談したが、
    「そのうち無くなりますよ。」
    と言ってくれた。

    幸い、その通り、すぐ音はしなくなった。
    しかし、今考えると、あれって何なんだろう?

    ただ、水の音は、医師に聞いて分かった。
    本当に水があるそうで、しばらく経てば蒸発(?)するらしい。

     
  7. 医師や看護師、リハビリの人たちの、名前やどんな人なのかを、パソコンで記録した。
    Microsoft PowerPointで、日記も作った。

    理由は、それぐらいヒマだったから。

    一方、「緑」「鉄」などの簡単な言葉が、自分で書けないことに、少しイライラした。
    さらに「でない」などの、“動詞”、“形容詞”、“形容動詞”なども、正しいのかどうか分からない。

    …ん~、ちょっとカッコ付け過ぎたかもしてない。
    つまり、「でない」が正しいのか、「てない」が正しいのか、分からないということ。

    こうして書いた物が、自分が読めるようになるのだろうか?
    そもそも、“正しいこと”を書けている証拠も無い。


    この時(2020年11月)にPowerPointで書いた物を、今(2021年8月)読んだ。
    意味が分からない文章は、確かにソコソコあった。
    極小にしている。クリックすると大きくなる。


     
  8. 以前3月~5月まで、主治医と同じように、毎日私の治療などをしてくれる、若いイケメン医師がいた。

    だが、何故かそのイケメンが、今回いなくなっていた。
    (最近聞いたが、予定通りの異動だったらしい。)

     

    その理由かどうかは分からないが、こんな話を聞いた。

     

    2020年3月。

    私の意識もほとんど曖昧だったころ、緊急手術があった。

    私の脳が、感染症になってしまったからだ。

    それまでは、感染症になる可能性は、ほとんど無いと言われていたそうだ。

     

    だが、私としては、もう何も恨みなどは無い。

    むしろ、助けてくれて有り難い。

    そう言いたいが、言っちゃうと、このK病院の色んな人に怒られちゃうだろうなぁ…。