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あ、そうだ。

スマートフォンがあるのであれば、自分の顔を撮れるじゃないか。

私はどんな歪なバケモノになったのだろう。

私の左眼では、今でも中心が見えない。そんな気持ちの悪い状態、壮絶におぞましいに決まっている。

それから、主治医は私の喉に何かを挿入していた。

あれも見たい。

 

撮影にはそれなりに苦労した。

まず、どうやってカメラアプリを起動するのか、今一つハッキリしない。

このカメラのアイコンが、目的のアプリだったっけ? 

 

 

カメラはスマートフォンの表と裏に付いているが、画面を見ながら写真を撮る方法が分からない。

止むを得ず、スマートフォンを裏返しにして写真を撮ることにした。

だが、当然上手くいかず、何度もやり直した。

 

ようやく撮れた写真を見ると、自分の顔はそれほど変わっていなかった。

 

 

いや、ちょっと違いはある。何故か左眼が外斜視になっている。

別に悪くない。

窪塚洋介みたいじゃないか。

そういえば、伯父の眼も外斜視だった。

伯父の眼を見ても、全然嫌じゃなかった。

私の眼も、伯父と一緒になったのか。

何故か嬉しい。

 

いや、でもそんな俳優や伯父とは全然違うな。

斜視になっている方の左眼では、ほとんど何も見えない。

 

 

しかも不思議なことに、視野の中心を先頭に見えない。

普通なら、年齢によって視野が狭くなることはあるが、その真逆だ。

何か特殊な理由で見えなくなっているのだろう。

世の中に、私と同じような症状の人は存在しないのではないだろうか。

言葉も使えなくなっているのだから、誰にも伝わらないのだろう。

 

喉に着けられている物体も、写真で確認できた。

 

 

なんだ、これ? 

これを使って、どういう理由で声が出せているのだろう。

魔術か? 

刺さっているように見えるが、私の気管まで繋がっているのだろうか。

今更ながらの気持ちだが、なんという大手術だったのだ。

今後一生、この器具がなければ話せなくなったなんて、殺生過ぎる。

 

 

 

そんなことを考えていると、看護師が来て、私に電動シェーバーを渡してくれた。

妻はこんな物まで持ってきてくれていたのか。

眼鏡を除いて、自分が持っていた物で、入院以来初めて見る自分の物だ。

久しぶりに触るシェーバー。

それだけでも、現実感が湧いてくる。

何故か、私の名前が書かれたシールが貼ってある。

 

 

髭を剃っている間、看護師がずっと私を見ている。

看護師の時間を奪っているようで、ちょっと申し訳ない。

短時間で反り終えて返そうと思った。

 

だがどうしても気になっていることがある。

それは、このシェーバーの中に、髭がたくさん入っているのではないかということだ。

それを何とか看護師に伝えると、若干たじろいだ様子だったが、その通りにカバーを外して髭を捨ててくれた。

 

その時、なんだか違和感を味わった。

なんでわざわざ今髭を捨てないといけないのだろう。

なんだろう、自分を見失っているような気持ちだ。

多重人格のようにも感じる。

楽天的な気分だったり、憂鬱な気持ちだったりと、自分の感情が時間によって他人のように感じる。

何が起きているのか。

 

シェーバーを使い終えると、また私の手に手袋が付けられた。

あれ? いつから外してくれていたんだっけ? 

次はいつ外してもらえるんだろう? 

よく分からない。

でも、もう考えるのも面倒だ。

 

 

 

 

看護師は換気のためなのか、窓を開けた。

そこで思い出した。

新型コロナは大丈夫なのか。

あんなに窓を開けていたら、新型コロナに感染してしまうのではないだろうか。

ちょっとくらい考えろよ。

でも、それを発言する能力もない。

まぁ、感染して死ぬんだったらその方が良い。

ん? そもそも、私が病院にいるのは、新型コロナに感染したからなのか?

 

私はワーカホリックだった。嫌々働いていたわけじゃない。

ワーク・エンゲージメントと呼ぶらしいが、私は働いて役に立っていることが嬉しかった。

作業を細かく検討し、他人には出来ない完成度を達成したかった。

当然、毎日長時間残業してしまう。

自分一人では出来ない、毎日のプロジェクト業務が楽しかった。

 

だが、今の私は仕事をしていない。

こんな身体や脳になってしまって、ベッドに寝たきり状態だ。いろんな人に迷惑を掛けてしまっているだろう。

 

そんな申し訳なさの反面、上司たちには到底言えないが、私が居なくなったことで、とても大きな損害が出ていたらいいのに、などと思ってしまう。

会社に恨みなんて全くない。

そうではなく、私がいなくなっても会社に全く影響がなかったら、私はなんだったんだという話になる。

それこそ、生きる価値なんてなかったということになる。

死んでも誰も困らない出来損ない。

 

家族にとっては、こんな出来損ないがまだ生き残っていたら、金銭面でも介護面でも大きな損害が出ているのだろう。

私が生きているだけで、費用が掛かる。

家族だって、私にさっさと死ねばいいのに、などと思われているのではないだろうか。

思っているのに、それを我慢している妻。

そんなの、私にとっても嬉しくない。

でも、自殺なんてしたら余計に迷惑が掛かる。

今は病院で寝たきり状態だから、生命に関わる事故に遭うことさえ難しくなった。

病院のベッドで死を待ち焦がれるなんて、地獄より酷い有様だ。

 

 

 

え、ちょっと待てよ。家族といえば、今の息子たちは元気なのだろうか。

私と同じように、突然倒れたりしているのではないだろうか。

親と子は血で繋がっている。

私の不幸は、息子たちにも連動しているはずだ。

 

あ、でも、妻から送られてきた写真には、ランドセルを背負った長男が写っていた。

小学一年生になった長男は大丈夫なのだろう。

 

あれ? そういえば、次男は存在しているのだろうか? 

私は次男がいると錯覚しているのではないかと思っていた。

 

 

Line通話で妻に聞いてみた。

聞こえてくる音声で察するに、妻はどうやら庭の植木を切っているようだ。

 

 

「え? 次男? 今手伝ってくれてるよ」

良かった。

 

いや、良かったのだろうか?

今は新型コロナで大量な死人が出ているはずだ。

外出なんて、危険過ぎる。

なんとか言いたいが、相応しい言語が出てこない。

 

あれ? そもそも私は何を言いたかったんだっけ? 

あ、次男のことか。

 

「次男は偽物なんだ。

 えーっと、いや、偽物じゃなくて、偽物だと勘違いしていた。

 ん? いや、私じゃない。お前のことを言ってる。

 お前、次男はいないと思ってただろ? いるんだよ、次男は」

 

「は? そりゃあ今、私の手伝いをしてくれてるよ」

 

妻は面倒臭そうな声で、そう言った。

くっそー、私の意思が伝わらない。

 

……ん? 伝わらないんじゃなくて、私が頓珍漢なことを言ってる? 

 

……あーもう、どうでもいい。

考えたって無駄だ。

 

そのうち私は、考えるのをやめた。