TVオーディション
何日か前に、映画の撮影所内でTVドラマのオーディションがあった。数年ぶりだ。
そのあいだ、CMのオーディションもいくつか受けたが、こんかいは審査する側の雰囲気がちがって面白かった。
芝居を観てくれるのだ。
乱暴にいえば、CMは知名度やキャラクターがすべてだと思う。
ほとんどのカットが2-3秒なのだから当然といえる。
演じることはコミュニケーション。
ふつうに考えたって、なにをしてもノーリアクションでは、通常の会話でも萎縮してしまう。
それ以上に、じぶんに演じてくれと言っておきながら審査員の目で見つめ返されたら、いい役者ほど影響されてしまう。
もちろんこちらが、それだけの存在で在り続けることが大前提だが、かれらは無意識なのか、これからなにをするのかを期待してみてくれる。
演じ手に勇気を与えることを知っている。
日本ではオーディションで選ぶことは少ないし、今回も多分に大人の事情が絡んでくることだろう。
まして選ばれるのも、数千人から10名に満たない。
それでもこうした機会を設けてくれることはありがたい。
そして、こうしたわずかな情報 を救ってきてれる事務所にも感謝したい。
そのあいだ、CMのオーディションもいくつか受けたが、こんかいは審査する側の雰囲気がちがって面白かった。
芝居を観てくれるのだ。
乱暴にいえば、CMは知名度やキャラクターがすべてだと思う。
ほとんどのカットが2-3秒なのだから当然といえる。
演じることはコミュニケーション。
ふつうに考えたって、なにをしてもノーリアクションでは、通常の会話でも萎縮してしまう。
それ以上に、じぶんに演じてくれと言っておきながら審査員の目で見つめ返されたら、いい役者ほど影響されてしまう。
もちろんこちらが、それだけの存在で在り続けることが大前提だが、かれらは無意識なのか、これからなにをするのかを期待してみてくれる。
演じ手に勇気を与えることを知っている。
日本ではオーディションで選ぶことは少ないし、今回も多分に大人の事情が絡んでくることだろう。
まして選ばれるのも、数千人から10名に満たない。
それでもこうした機会を設けてくれることはありがたい。
そして、こうしたわずかな情報 を救ってきてれる事務所にも感謝したい。
流動的≠ルーズ
この業界では、スケジュールがその日その日で刻々と移り変わるのはいつものこと。
だが、フレキシブルに対応することが、いつしかルーズにすり変わってはいないか。
すべてが流動的だから、理由ならいくらでもつく。とくにシビアなレールから外れた視点からなら、なおさらだろう。
夢と現実が混在する世界。
いつまでもふわふわとした中では、いつまでたってもけして、なりたい自分にはなれない。
だが、フレキシブルに対応することが、いつしかルーズにすり変わってはいないか。
すべてが流動的だから、理由ならいくらでもつく。とくにシビアなレールから外れた視点からなら、なおさらだろう。
夢と現実が混在する世界。
いつまでもふわふわとした中では、いつまでたってもけして、なりたい自分にはなれない。