渡部遼介オフィシャルブログ「Ryosuke’ Note」powered by アメブロ -108ページ目

ユリイカ

ここしばらく、ずっとチャート(グラフ)を眺(なが)めていた。

なにか得体の知れないものを手にするとき、呆(あき)れるほど静観していると、ある日ふとアイディアや発見が生まれる。


脚本を読むときにも、初見と二度目以降では当然印象が変わってくる。

それを話が解った、だとか、セリフはおぼえた、とかで終わらせると、大切なものはいっさい入ってこない。

移動しているあいだも、なにか食べているときも、トイレでも風呂に入っていても、ベットに潜(もぐ)り込んでいるときでさえ、ぼやっと眺めている。


解らないのは、頭が悪いわけではない。


そうした時間の大切さを、知らないから。


5歳の子どもには、人生の全体像が、まだ見えない。



ところでチャートには種類がある。

といっても、あつかいはたやすい。


1分で1本のグラフ:1分足(あし)
5分で1本のグラフ:5分足
      ・
1時間で1本のグラフ:1時間足      ・
      ・
1日で1本のグラフ:日足(ひあし)
      ・
      ・
      ・


もちろん、細かい足はよく動く。

うまく行けば、上がって利益、下がって利益になるかもしれない。

だが、たいていはそううまく行かない。

ビビットに反応するグラフに、翻弄(ほんろう)されるのがオチだ。

損得(そんとく)に一喜一憂(いっきいちゆう)している。

木を見て森を見ない。


そんな状況は、ぼくにもある。

そんなときは、たいてい先に不安を感じているとき。


グラフは99%の確率で戻ってくる。


だが、そこまで損を抱えられるのは相応の資産家だけだ。

しかも金銭に直接作用されるものだから、どうしても神経質になるわけで。


そんなときすこし下がって視野を広げ、ぼーっと眺めて全体像を捉(とら)えていると、クセが判ってくる。


人間でいえば、そのひとのキャラクター自体であり、魅力であり、また弱点とも言える。


判ってしまえば、その単純さにおどろく。

ときどき損を被(こうむ)ったからって、そんなのは想定内だ。

いちおうのセーフティーネットを用意してさえすれば、問題はない。


チャートの動きは人間の心理そのもの。


そのへんを感じられるようになると、あいてへの愛情が生まれ、こちらにも余裕が生まれ、少々のことではびくともしなくなる。

6月18日〜6月24日に投稿したなう

不完全なツール

演技を教えているとき、なぜかじぶんの言葉が伝わらないと感じることがあった。

いや、正確に言えばその瞬間は理解しているものの、再会したときには、そのことについてすっかり忘れているようだった。


基礎的なことを、なんども言うのは骨が折れる。


粘り強く繰り返すことが大事だと理解しているはずだが、毎回同じことを話し、毎回耳を傾けられ、毎回すっかり忘れられている……。


現場での演出は、これほど親切ではない。

言葉で説明され、ぼくたちはそれらを咀嚼(そしゃく)し表現する。

ここで気をつけなければならないことは、



言葉はすべてを伝えられないツールである、



ということ。だから、



監督の言うとおりにします!



というだけの俳優は、そもそも呼ばれないのだ。

おそらく、伝えていることがそれだけ重要なのか、得心(とくしん)するまでにいたっていない。


そこですこし、方法を変えてみることにした。