ぼくはシンクロする。
今、自宅には二人の子供がいる。従姉妹の娘、次女。そして弟の息子、長男。おれと同じ長男。
女の子は何歳でもとてもよく喋る。無口な長男に水を向けてもところ構わずだ。
そんな社交的な子に幼いころ、憧れていた。いや劣等感を持っていた。だが女の子の方は、愛されたい欲求がこちらにまで届いてむしろ可愛いものだ。
男の子は。。。相変わらず喋らない。おとなしいのではなく、じぶん と一緒なのだ。けれど大人たちはこう呟いてしまう。
『おとなしいね』
それはこどもをいたく傷つける。
おとなしい訳じゃないのだ。女の子が多弁(たべん)なのだ。
しかし不躾(ぶしつけ)なそのキーワードが、さらに男の子をそうさせる。ことばにはその影響力がある。男の子はそれを知らない。口にした大人もそれほど頭を回していたのでもない。
ぼくはかれにシンクロする。
女の子は何歳でもとてもよく喋る。無口な長男に水を向けてもところ構わずだ。
そんな社交的な子に幼いころ、憧れていた。いや劣等感を持っていた。だが女の子の方は、愛されたい欲求がこちらにまで届いてむしろ可愛いものだ。
男の子は。。。相変わらず喋らない。おとなしいのではなく、じぶん と一緒なのだ。けれど大人たちはこう呟いてしまう。
『おとなしいね』
それはこどもをいたく傷つける。
おとなしい訳じゃないのだ。女の子が多弁(たべん)なのだ。
しかし不躾(ぶしつけ)なそのキーワードが、さらに男の子をそうさせる。ことばにはその影響力がある。男の子はそれを知らない。口にした大人もそれほど頭を回していたのでもない。
ぼくはかれにシンクロする。