人に非(あら)ず、優(すぐ)れる。 | 渡部遼介オフィシャルブログ「Ryosuke’ Note」powered by アメブロ

人に非(あら)ず、優(すぐ)れる。

“俳優”の語原(ごげん)。つまり、ただリアルに存在するよりも、それらを超越(ちょうえつ)していかなければならない宿命(しゅくめい)がある。
役所広司さんがよく使う『リアル臭(くさ)い』という演技も、この言葉と無関係ではないだろう。

だからこそ俳優は迷い、葛藤(かっとう)する。作品全体が、ただ日常を模(も)すだけなら、劇場に足を運ぶよりその過程(かてい)の道草のほうが、より多くのドラマに出会えるだろう。

しかし美人や有名人が出ているからドラマティックかといえば、それは一瞬か、またはわずかなミーハーしか騙(だま)すことができない。
大げさな演技、観客へ向かう演技はその最たるもの。開き直ってドラマとするが、針が振りきって緊張感のなくなったシーンは、やがて飽(あ)きがくる。