門外漢(もんがいかん)の文化 | 渡部遼介オフィシャルブログ「Ryosuke’ Note」powered by アメブロ

門外漢(もんがいかん)の文化

舞台が映像より難しいと言われる所以(ゆえん)。。。大きな理由のひとつにシナリオの読解力(どっかいりょく)があると思う。
観客と同じ空間での華(はな)や発声等はもちろん必要だが、まず大切なのは、そのキャラクターの存在意義だ。

カット割りで、その場その場のフォローにより築き上げる映像と(本当はそうではないのだが)、全体像を把握して要所要所を成立させる舞台。

映像はシナリオを読めないモデルでも、俳優に仕立てることができる。しかし台詞を覚えた彼らを舞台に立たせても、どんな話なのか理解すら難しいだろう。
万が一、俳優を名乗る存在がそうであったなら、外部からの出演者とそう変わらなくなる。しかし、現状はそういう人が多いのも事実だ。

考えてみて欲しい。なぜ門外漢(もんがいかん)が役者をやることが多いのか。たとえば格闘家が映画に出演はしても、俳優がリングに上がることは認めないだろう?

俳優がほかの職業とは違い、なかなかプロフェッショナルだと認知されない文化が日本にはある。けど、本物がスゴいことを、本当はぼくもみんなも知っている。